京都日誌(439)

 






■8月13日(木)曇り、ひつじ雲ある晴れ。

きのうの夕方、京都へ戻ると雨で、かなり涼しくて驚いた。

きょうも、夜風はかなり涼しい。ただ、湿度は高い。

高崎線も新幹線も、ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を集中的に読む。

ルカーチの反映論と『論理哲学論考』の写像論を相互批判させることで、反映論の明晰化・厳密化・深化ができないか、というアイディアがあり、その問題意識の下に検討してゐる。

前期ヴィトゲンシュタインは、後期の言語ゲーム論で乗り越えられた、というのが一般的な評価だが、故・石塚省二先生は、前期の方が、まだ、存在論とリンクしていたと述べていた。

私のアイディアは、石塚先生のこの言葉が元になってゐる。

紙屋川の流れは、秋の音になってゐる。虫の聲がしてゐる。

六本木は、夏休みに突入。

この間、身心調整を中心として、ニコやルカーチの仕事など、ほかの仕事を進める予定。

身心調整は、肩甲骨を中心にしたストレッチと、瞑想、リンパ流・血流のための体操という、3段階を考えて、毎日、実施。

午後、仕事関係の情報の整理と調査・検討。

きょうは、休みだったので、夕方、金閣寺のジムへ行き、筋トレと、有酸素運動の計1時間、汗を流す。

8月は、下旬に、墓参などで、ふたたび若宮へ戻る。

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