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若宮日誌(484)

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  ■10月23日、金曜日。朝は晴れて光が強かったが、午後から曇りに。 まず、洗濯。自室の掃除、本の整理。 石塚先生のライブラリーで有用な本を数冊、発掘。 家のWi-Fiのルーターが古く、セキュリティに懸念が出てきたので、KDDIから新しいモデムとホームゲートウェイを取り寄せて設定。 その後、家の担当エリアの掃除。ごみ捨て。 妻が教えてくれた、 「Have I Been Pwned」 というサイトで検索したところ、私のgmailのアドレスのうち、私用で使っているアドレスが、7ヶ所で漏洩していることが判明した。 もっとも古い漏洩で2012年、もっとも新しい漏洩で2025年だった。 twitterやURL短縮サイトのbitly、Disk Unionなど、はっきりとわかる漏洩元もある一方、インターネット上の複数の悪意ある情報源で発見されたクレデンシャルスタッフィング(パスワードリスト攻撃)用のリストに載っていたケースも複数あった。 これで、ただちにメルアドが乗っ取られるわけではないが、同一パスワードはすべて自動生成に変更し、グーグルマネージャーに記憶させた。 また、アマゾンやグーグル、楽天など、AI利用型サイバー攻撃の対象になりやすいサイトは、パスキーにして、パスワードを廃棄することにした。 11月に予定していた公開講座での科学哲学の発表が来年に延期になったので、研究計画の練り直しを行う。 時間ができたので、却って好都合だが。 今後、12月に行う『社会操作の一般理論に向けて』の発表に集中していく。 夕方、久しぶりに運動へ。 帰りに国道16号沿いの古本市場で、能條純一『昭和天皇物語』第3巻と、長谷川法世『徒然草』を購う。 颱風30号が関東に接近しているので、予定を繰り上げて、日曜日に京都へ戻ることに。 ★ 10月9日付の 『アクシオス』 が、「AI業界の多くの内部関係者が『アクシオス』に対し、今後6〜12か月以内に重大な事件が発生すると考えていると語った」と報じている。 これは、9月下旬から10月にかけて、中国人ハッカー犯罪集団と見られる集団による韓国と日本の企業への金銭目的のデータの大量窃盗が続いているが、我々の企業がメルマガ配信に使用しているblastmailまで、水曜日からサイバー攻撃を受けていて、現在も、メルマガや号外の配信ができない。 現在のところ、民間レ...

若宮日誌(483)

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  ■10月20日、火曜日、雨になりそうな空模様。 この処、18時には仕事は止めて、21時にはPCもスマホも切っているので、かなり心身の調子がいい。 きょうは、夕方から、新宿でバフマン氏とアイデンティティ研究会の方向性について、きょうの朝に作成したメモを元に議論。 今後、「日本会議」と「参政党」に関する本を読みつつ、日本のアイデンティティの起源のひとつで、第2次大戦のイデオローグになった京都学派などの大東亜共栄圏の原型とも言える、1786年に刊行された林子平の『三国通覧図説』(朝鮮、琉球、蝦夷地=北海道・樺太・千島列島などを論じる)の社会空間認識や、江戸時代末期の会沢正志斎の1825年の『新論』における国体の概念との連続性と断絶性を検討していくことになる。 バフマン氏に、 嵯峨隆著『アジア主義全史』 という本を教わった。この本は、江戸時代中期から明治期に生まれたアジア主義の思想的起源をたどり、アジア諸国の連帯による西洋列強への抵抗という理念が、1930年代以降の日本の侵略政策とどのような関係を持ったのかを検討しており、たいへん興味深い。 著者は、もともとのアジア主義と、日本の侵略を正当化した「大東亜共栄圏」の思想を区別していると解説にはあるが、私見では、断絶性だけでなく、連続性もあるだろうと思う。無から思想が生まれることはないからだ。 私の作成したメモは、以下の通りである。 ★ 20261020 @ 新宿南口   第 1 回アイデンティティ研究会のためのメモ   1 .研究テーマ、あるいは問題意識 1.1  アイデンティティ(自己同一性)言説の歴史について 1.2  アイデンティティと近代の民族国家( nation-state )   ・国家統合機能としての民族アイデンティティ(ウクライナのネオナチ、イスラエル、日本)国家の危機のときに、アイデンティティが問題化する ・民族アイデンティティと民主主義の関係 例):ユダヤ人としてのアイデンティティを、民主主義の価値より上位に置く 「民主主義に対するユダヤ人アイデンティティの優位:国家のユダヤ人としてのアイデンティティは、その民主的な統治制度に優先する。この優先順位は、民主的価値観を損なうことになっても、ユダヤ人国家としてのイスラエルの存続を保障することを目的としている。国家のユダヤ...

若宮日誌(482)

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  ■10月17日、土曜日、快晴。 よく眠れた秋晴の朝は、この世の幸のひとつかもしれない。 朝8時になると、桶中のブラバンとテニス部が練習を始める。四十雀が啼いている。 朝、西口公園で、身心調整を行う。幼稚園の子どもたちのためのイベントやっていた。 ★ ブラジルの大統領選で、米国の福音派が増殖して、この勢力がルラ大統領の対抗馬で、第一回投票で勝った「ボルソナロ2.0」こと、極右のジャイル・ボルソナロ元大統領の息子、フラビオ・ボルソナロの躍進に貢献している。 福音派であるから、イスラエルとも関係が深い。 南米の宗教と言えば、カトリックの 「解放の神学」 が有名である。 貧困を 個人の問題 ではなく 社会構造の問題 として捉え、 経済的不平等 や 抑圧的制度 を批判する「解放の神学」は、一般に、1960年代後半から1980年代にかけて隆盛し、1990年代以降は衰退したと考えられている。 1971年、ペルーの神学者グスタボ・グティエレスが『解放の神学』(Teología de la liberación)を刊行して、「解放の神学」は一躍有名になる。 1980年3月24日、「解放の神学」を支持した中米、エルサルバドルのオスカル・アルヌルフォ・ロメロ大司教が、国家警察で構成された「死の部隊」によって、暗殺される。 経済主権を回復し貧困から抜け出そうとする南米民衆の感情的・宗教的・理論的な支柱となった「解放の神学」を、マルクス・レーニン主義の代理人と決めつけ、米国にとっての不利益と認識していた米国政権は、CIAを通じて、エルサルバドルの情報・治安機関を軍事訓練し、資金提供していた。 ロメロ大司教の暗殺の背後には、CIAがいた。 ブラジルの福音派──特に、踊る宗教として知られる福音派の中のペンテコステ派──は、自然増殖したのではなく、米国政権と意を同じくする米国福音派による大規模な信者獲得運動と、米国とイスラエルによる、「解放の神学」駆逐という、地政学的意図があったことは多くの識者の指摘するところである。 宗教人類学者、 デイヴィッド・ストール は、1990年の 著書 『Is Latin America Turning Protestant?』で、1985年にはラテンアメリカで米国を中心とする北米のプロテスタント宣教師が1万1196人活動していたことを明らかにしている。 ...

若宮日誌(481)

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  ■10月14日、水曜日、積雲ある晴れ。 夜、北風が強く吹く。木々の葉擦れの音が、潮騒のようにうねっている。 さいたまで借りていた文献10冊を、六本木の事務所へ宅配便で返却。 セブンイレブンで宅配便を出したときに、好物のアンドーナツが、揚げたてで売られているのに気が付いて、買ってみたが、いまひとつだった。残念。 家の担当箇所の掃除、ごみ捨てなど。 その後、Kさんのところまで、歩いていき、メガネの調整をお願いする。 神武天皇陵のことを話すと、驚いていた。 帰りに、ノジマでSDカードを購入。京都ヨドバシの半額で入手。 珈琲館で、 スイートポテト・ホットケーキ を食す。これは美味しかった。 ★ 夜、南方熊楠の南方曼荼羅関係の 論文 「南方熊楠の自然哲学とシステム認識」を読む。 南方曼荼羅というのは、知識論、科学基礎論、科学哲学とも言えると思うが、この論文は、かなり面白いもので、著者の千葉商科大学大学院の出口弘教授の関連論文を何本か、ダウンロードした。 出口さんの論文を一読した限り、熊楠の知識論は、存在論が弱いと感じた。 主に、知識を知識として扱っているように思えた。 知識は知識的存在である がゆえ、知識の組み込まれた 社会過程 や 生活過程 、 社会構造、としての知識 を考えるべきなのである。 社会哲学よりも自然哲学が、熊楠は前景に出ているように感じられるのである。 言い換えると、南方曼荼羅として結晶するべき「整理された知識」としての科学的知識は、自然的存在と社会的存在の断絶性への感度が弱くなる。 つまり、粘菌から動植物とその進化、人間とその精神、宗教、民族、社会へと生命を持つシステムを、 連続的に、一元的に 、捉えているように思える。 ここには、 目的定立を伴う労働 を行う 社会的存在である人間 と、 そういう選択の自由を伴った労働を行わない自然的存在との断絶性 への感度が後退している。 この断絶性と連続性は、 両面として 考える必要があるというのが、今の私の意見である。

若宮日誌(446)

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  ■8月27日、木曜日、曇り。午後、激しい雨。 秋雨前線の北側に位置する関東は、 北東寄りの空気が入り、雲・雨で日射も抑えられたため、夕方から夜にかけて、気温がかなり下がった。 きょうは、朝から仕事。 就寝中のクーラーによる冷えで、めずらしく、夏風邪をひく。 夜、松本大洋の『ZERO』を読む。 昔、一度読んだ記憶があるが、2度目も楽しく読めた。 この人の絵は、様式性が強く、味がある。どこか、切り絵のような雰囲気もある。 ただ、個人的に不満なのは、リアリティに乏しい点。 そういうコミックとして読めばいいのだが… 『ちいかわ』 というのが、人気らしい。 あえて、説明はしない。 というか、シュールすぎて説明できない。 映画 も公開されている。 このアニメには、社会風刺もあるという向きもある。 ★ 8月6日付の 『ニューヨーク・タイムズ』 が、人工知能を使って新しい種類のウイルスを作り出すことに、科学者たちが初めて成功した、と報じている。 「8月6日に科学誌 『Science』 に掲載された新たな研究は、ウイルス遺伝子を複製するという段階をはるかに超えている。 スタンフォード大学と、カリフォルニア州パロアルトにある研究機関アーク研究所の科学者たちは、自然界に存在するDNA構造のパターンを認識し、そのデータを使ってまったく新しいウイルスの『レシピ』を書くよう、AIを訓練した。 研究者たちは、そのレシピに従ってDNA分子を作製し、それを細菌の中に挿入した。すると、改変された細菌は、自然界ではこれまで見つかったことのないウイルスを作り出した。それらのウイルスは別の細菌に感染することができ、それによって生存可能であることが実証されれた」。 「この新たな研究は、人工知能によって、致死性の毒物から阻止不能なパンデミックに至るまで、新世代の生物兵器を作り出せるようになるのではないかという、強まりつつある懸念に拍車をかけている。 今回の研究には参加していないジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの研究員、モーリッツ・ハンケ博士は、科学が急速に先へ進む一方で、致死性ウイルスの作製を阻止できるような安全策を整備することについて、政府や科学機関の対応は遅れていると述べた。 『そこには、とてつもなく大きな隔たりがあります』と彼は述べた」。 今後、パンデミックが起きた場合、AIを使って...

若宮日誌(445)

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  ■8月26日、水曜日、朝曇り、のち晴れ間。 午前中、上日出谷のN歯科医院へ。府立医大への紹介状をもらってくる。 午後、さいたま新都心へ。妻に頼まれた買い物と、ヨドバシカメラでマウスとキーボードを新調する。ポイントで安く入手。 帰宅後、京都へ送る本の箱詰めと手配。 きのうの墓参は、39℃のほぼ酷暑予想が出ており、実家へ行くだけとした。 ルカーチの原稿、第26回終了。 今回は、マルクスと同様に、人間中心主義的なところがある(裏を返せば、マルクスもルカーチも、自然的存在の議論が弱い)ルカーチの社会基礎理論を、ユクスキュルで補正する議論を行った。 『老化と記憶について』の校了。 老化や記憶、痛みに関するテーマは、今後も追求する予定。 夜は、隣の北本市で、今から5000年前から3500年前まで、1500年続いた縄文集落 「デーノタメ遺跡」 について、教育委員会が編纂した本を読む。 たいへん、興味深い。ルカーチの労働論との関連で、道具の個所をまず読む。 縄文土器は重く毀れやすい。 深鉢形の土器の機能は、モノを煮炊きすることだが、この大きくて重い、しかも毀れやすい土器は、頻繁な移動生活には向かない。 縄文人の定住化と、この土器の性状が関連している。 逆に、定住化が進み、こうした大きな土器を制作する条件が整ったとも言える。 要するに、生活の様式と土器の性状には、相互関係がある。 私が興味深いと感じたのは、この土器の毀れやすい点である。 つまり、取り扱いに注意が必要となる。 それは、縄文人の繊細さとその文化レベルの高さを表している。 乱暴な文化であれば、こうした土器は使用できない。 縄文人たちは、かなり繊細なところのある人たちだった、という印象を持った。 縄文集落「デーノタメ遺跡」は、一度行ってみたい。

若宮日誌(444)

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  ■8月22日、土曜日、ひつじ雲の曇り 朝5時に、左上奥歯の歯痛で目が覚める。 ノーシンを服用して治まり、ふたたび眠ることができた。 この痛みは、これまでのものと次元が異なり、食事中に激痛が走り、昼食も夕食も、よくわからなかった。 京都の歯科医院からは、抗生剤とロキソニンが出ているが、それを服用しても、一時的に痛みは消えるのみで、朝5時に起きてしまうほど痛みは続く。 妻が見つけてきてくれた日大松戸歯学部出身の若い歯科医が最近開業した上日出谷の医院へ、朝一番で予約して、午前中に出かける。 レントゲンを口腔全体と患部の部分で撮り、医師の説明を受けた。 彼の原因仮説は、3つだった。 第一に、一番奥の左上の奥歯がないので、その手前の奥歯に過重な負荷がかかり、痛みが出ている説。第二に、レントゲンには写らない割れが左奥歯に出来ており、そこから細菌感染している説。そして、第三は、これには驚いたのだが、左の副鼻腔に膿が溜まっており──これはレントゲンにはっきり写っていた──、これが左上奥歯のすぐ上に存在する。この蓄膿症の膿と歯の痛みが関連している説である。 この3つから原因を絞り込むために、医師は左上奥歯を順に叩いていった。3番目に違和感と若干の痛みがあると伝えると、第一の仮説と第二の仮説よりも、第三の可能性が高いと診断した。 顔面や言葉による私の痛みの表現が、歯科医レベルでの痛みの表現には到達していないことが、その根拠だった。 食事中は、激痛なのだが、歯科医が叩いたときの痛みは、たしかに、そこまでではなかった。歯が直接痛みの原因になっているのであれば、叩いたときの痛みの表現が、異なるはずだという判断だろう。 京都の医師は、レントゲンに基づき、歯根膜が炎症を起こしているという判断だったが、炎症は確かに認められるものの、痛みとの関連は明確ではない、というのが、上日出谷の医師の判断だった。 原因を明確化することが、今朝の受診の目的だったが、左副鼻腔に膿が溜まっていることが判明し、それが歯痛の原因であろうとなかろうと、治療の必要が出てきた。 さらに、きょうは、上日出谷氏の診断から、右奥歯が割れており、そこから細菌がかなり入っており、骨が溶けていることが新たに判明した。抜歯するしかないという。抜歯した後は、入れ歯か、インプラントになるが、骨が溶けていれば、それも難しくなる。 私は...

若宮日誌(438)

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  ■8月11日(火)颱風15号の曇り。夜、風と雨強まる。20時に、茨城県南部に上陸。 朝一番で、ゴーヤ、オクラ、大葉に水遣り。京都へ送る、本の梱包作業。洗濯。 その後、六本木の仕事へ。 若宮滞在中、家で朝採った大葉とオクラが美味しくて、それらを薬味として、素麺を2回作った。 きょうは、朝採ったゴーヤを素揚げにしてみた。 市販のゴーヤと家採れのゴーヤは、まったく違う。家の方が苦みに深みがあり、断然、美味い。 市販のゴーヤは苦いが味自体が薄い。 この差は、有機肥料を使用したかどうかにあると見て間違いないだろう。 野菜は有機肥料に限る。 多忙と言いながら、『九条の大罪』を8巻まで、深夜、一気に読んでしまった。 私のコミックの読み方は、少し変わっていて、ストーリーは追うのだが、それ以上に、作画のディテールをじっくり観察する。それが、物語のニュアンスを構成しているからだ。 ここが、小説とは異なるところで、情報量が視覚的な周辺に集まっている。 情報が集まるだけでなく、情報が意図的に省略されたり、聲と場面がズレて重ね合わされたりする。 このあたりは、映像の技法が、コミックに取り入れられている。 詩も小説も、基本的には、その一行は、時間の流れに規定されてしまう。 なので、それを切断したり、逆流させたり、別の聲を響かせたりする。 詩において、一方向に時間が流れ、意味が一義的に決まることを好まない。 そのため、詩においては、記号を多用するスタイルになってきた。 俳句には、切れと季語という仕掛けがあり、これが、時間の流れが上滑りしてしまうのを防いでくれる。 ★ 2026年8月7日に、トランプ政権によるUAPデータの第5弾が リリース された。 ホワイトハウスのUAP科学諮問委員会委員長、アヴィ・ローブ博士が、これについて コメント している。 ローブ博士は、「過去の公開とは対照的に、今回最も注目すべき異常事象は、映像や画像データではなく、口頭による証言として提示されている」と述べている。 以下は、ローブ博士のコメントである。 「I. 第一の注目すべき証言: DOW-UAP-D101_IIR : 報告された異常事象:2021年9月8日、米特殊作戦部隊(USSOF)のAC-130ガンシップが、オマーン湾で実弾射撃訓練を実施中、約25例のUAPを観測した。 UAPは冷たい球体として観...

若宮日誌(437)

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  ■8月8日、土曜日、積雲ある快晴。 きょうも、若宮は涼しかった。 朝、オクラとゴーヤと大葉に水遣り。その後、朝食に、そのオクラを3本収穫。 その3本を刻んで、ミニトマトと、チーズと、ゆで卵を刻んでサラダとした。 午後から、上野と新宿へ。 『空海と真言の名宝』展を上野で観てから、新宿紀伊国屋で洋書を数冊購う。 東京も秋風が吹き、たいへん涼しかった。 空海は、道元と並んで関心が以前からある。 特に、その言語論である『声字実相義』──現実の声や文字がそのまま実相、つまり、根源的な実在だとする──と、『文鏡秘府論』──現実の言葉と本源的な言葉は不可分の関係だとする──は、一度、読んでみたい。 たまたまだが、私は、詩を書くとき、聲や光に関連した表現を使う頻度が高い。この聲と光に関する言葉が、古代インドのサンスクリット語には、たいへん多いという。 また、空海の思想にある、すべての存在をフラットに見る考え方には、惹かれるものがある。動植物はおろか、無機物も、仏にほからないとして、そこに序列を持ち込まない。 ただし、空海にも時代制約性はあり、それは、国家権力、つまり天皇を頂点する国家秩序が、その布教活動において、前提となっている。 修行の場を確保したり、寺を建立するには、経済的・政治的な力が必要になるが、そのため、空海は、朝廷との関係を重視し、たとえば、後七日御修法といった天皇の健康と国家の安寧を祈る修法を、834年に空海が開発し始めている。 つまり、空海は、釈迦のような托鉢を経済基盤として、小集団の信仰集団を率いた非政治的な人間ではなく、典型的な政治的人間だった。 空海の金剛峯寺は、816年、嵯峨天皇から下賜された高野山の山地を基盤として建立され、835年には、金剛峯寺は定額寺になり、その公的地位により、国家の保護と一定の供養米などの支給がもたらされた。 さらに言えば、空海の思想を伝える真言宗各派の戦争協力も特異なものがあった。 戦時中は、敵国降伏の祈祷が真言宗の各本山・末寺において度々行われ、これは、空海が体系化した密教修法(護摩・加持祈祷)の呪術的技術が、もともとの「鎮護国家」の思想を越えて相手を殲滅する、対米英戦争の勝利祈願という形へ直接転用されていった。 冗談みたいだが、呪術で米英軍に勝とうとしたわけである。 こうした空海思想は、その現実形態における限界として...

若宮日誌(436)

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  ■8月6日、広島忌。きょうも、朝は涼しかった。 関東へ戻って、オホーツク高気圧のため、連日涼しく、湿度も低い。 あすからは、また、猛暑になるようだが。 高市早苗内閣になってから、対米隷属がさらに異様なレベルになり、支配層のマゾヒズムが醜悪さを増している。そのマゾヒズムは、日本国家のための擬態ではなく、日本国家利権村のための媚態である。 そして、見えないところで、軍事的にも政治的にも、米国・イスラエル・日本という、悪の三国同盟のような結びつきが、軍事同盟や3軍の統合──パランティアのAI基盤──を通じて、できあがりつつある。 東京において、国会前集会・スタンディングなどを含めると、ほぼ、毎週、反高市をテーマとしたデモが行われている。これは、安倍政権以来だろう。 そうした状況における広島忌は、特別の意味を持っている。 それは、現在も続く、広島・長崎の悲惨な社会的経験が、戦後80年以上、核保有国に核使用を思いとどまらせたという現実である。 相互確証破壊という核兵器の抑止戦略は、現実に使用された核の被害経験の世界的な共有──少なくとも核保有国の指導層において──がないと、成り立たない。 ロシアに次ぐ、核保有国の、このアメリカで、静かに政治的な変化が起き始めている。 それは、イスラエルから距離を取り、イスラエルを批判することが、政治的な致命傷には、必ずしもならなくなってきた、という変化である。 ミシガン州の民主党の予備選挙で、イスラエルへの軍事支援の停止や格差是正などを訴えた、アブドゥル・エル=サイード候補が、伝統的なイスラエル支持の民主党ヘイリー・スティーブンス下院議員を、僅差で破ったのである。 その差、約1% 。 エル=サイード候補の得票率、48.5%、ヘイリー・スティーブンス下院議員は、47.5%だった。 アブドゥル・エル=サイード候補は、両親がエジプト出身の移民で、当人は、ミシガン州で生まれ育っている。 エル=サイード 候補は、イスラム教徒。優秀な人で、オックスフォード大学で公衆衛生学の博士号を、コロンビア大学で医学の博士号を取得し、臨床医としてではなく、大学教官や公衆衛生の行政官として過ごしてきた。 ヘイリー・スティーブンス 下院議員には、例によって、イスラエル・ロビーのAIPAC( アメリカ・イスラエル公共問題委員会 )が張り付き、6000万ドル(約9...

若宮日誌(435)

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  ■8月3日、月曜日、曇り、朝から、涼しくて驚いた。 風がまるで避暑地の風のように冷たい。 若宮へ帰宅後、ただちに、京都へ送る本の整理。4箱作る。 一ヶ月以上も空けると、用事がかなり溜まっている。 若宮へ戻って、オクラが天を向いて生ること、そのオクラは、朝採りたては非常に甘いことを初めて知った。 ★ のぞみでは、 黒崎宏 さんの1975年の論文、 「『科学基礎論』の可能性」 と、 『圏論の道案内』 を集中的に読む。 黒崎さんは、『ウィトゲンシュタインから道元へ 私説「正法眼蔵」』や『ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説「中論」』など、仏教とヴィトゲンシュタインをテーマにした一連の著作で有名だが、これまで読んだことはなった。 この論文の結論は、「科学基礎論には、2つある。1つは、『科学の基礎づけ論』。もう1つは、『科学の基礎洞察論である』」。 「科学の基礎づけ論」は、科学の経験的基礎づけ論ではなく、科学の哲学的基礎づけ論でもなく──この2つは、論理実証主義の歴史的失敗に帰結したと述べている。 そうではなく、「科学の基礎づけ論」は、第一に、科学の理論的な基礎づけ論──それは、より基本的な科学による理論的な説明、たとえば、ニュートン古典力学のアインシュタイン相対論による説明のように──、第二に、科学の公理化──科学の個々の法則を公理によって基礎づけ、その意味で法則の体系としての科学を理論的に基礎づけると、述べている。 これらは、哲学者の仕事ではなく、科学者か、せいぜい、論理学者、数学者の仕事だと述べている。 もう一つの「科学の基礎洞察論」というのは、いわゆる、科学哲学のことであり、それは、科学の基礎的な概念や法則への洞察、科学全体の構造や、科学的説明・予測の性格、理論の受容または破棄の条件、科学の背後にある世界観や方法論、科学人間観や科学と社会の関係などの 洞察 を指している。 このとき、洞察と言ったが、そのアプローチは、黒崎さんは、ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』の中の言葉 「考えるな。見よ!」 を、イメージしている。 つまり、仮説を立てて、実験し観察し経験的にテストするような、 考える行為 ではなく、 見る行為 だという。 考えるのは哲学者の仕事ではなく、科学者の仕事だというのが、黒崎さんの主張になる。哲学者の仕事は、「事実を見、ありのままを記述し、よって...