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一日一句(5969)

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  新米や琵琶湖の水は高くあり

京都日誌(490)

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  Painting by Romie Lie ■11月3日、火曜日、晴れ。 朝、洗濯機を3回回す。その間、心身・身心調整。コインランドリーで乾燥させる。 朝食後、愛車のブランシュ──多忙で、ほとんど乗れていない──に空気を入れに行く。 21世紀研究会で、10月にフィールド・ワークに行った神武天皇陵について、レポート執筆。かなり時間を要した。 欧州が大変なことになっているので、ベルンのロミーにメールする。ぜんぜん、問題ないとのことだった。周りは、ぜんぶ、牧草地だった。 欧州の大規模デモと暴動・略奪は、高校生・大学生の教育環境改善の要求という層と、それを利用したブラック・ブロックと言われる極左あるいはウルトラ左翼(政党を否定する政治勢力)──彼ら(出身はブルジョワ階級が多い)は、たとえば、リモージュのあるオート=ヴィエンヌ県などに、武装訓練場を持っており、そう大人数ではないが、ドイツ人(そもそも、ブラック・ブロックの発祥はドイツ)やオランダ人も訓練を受けて、パリの暴動に参加している──により、ショーウインドーやリモージュ市庁舎などの破壊活動を行う層。それに加えて、郊外在住(麻薬などの取引も行われる)で、いわば、欧州社会から疎外され機会を奪われたイスラム系移民(アフリカ系モスリムも)の2世、3世による商店街の商品略奪という、基本的に3層構造からなっている。 フランス場合、マクロン大統領の所属する中道勢力が、来年4月の大統領選挙にぼろ負けが決まっているので、つまり、決選投票には進めないので、パリ警視庁も情報局もブラック・ブロックのメンバー全員の住所氏名を把握しているにも関わらず、逮捕せず放置している。 あるいは、警官がブラック・ブロックの格好をして、破壊活動を行っていると仮説を述べる人もいる。騒動を大きくした方が、憲法第16条で深刻な危機の際、大統領が全権を掌握できる可能性が出てくるからだ。 ドイツでは、フランスよりも、パレスチナ連帯デモが、「なぜ今ここで」という形で問題化している印象がある。ドイツは、イスラエルに対して批判的なトルコ系が多いので、そうなるのだろう。 友人の作家、黄英治さんより、宮沢さんの『他者の声を聴く』の金時鐘論を読むよう、アドバイスをいただく。「金時鐘先生との対峙・格闘の始発点に」とのことだった。 金時鐘という詩人は、日本語やそれを支える日本...

一日一句(5968)

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  粗茶を酌む秋の天地の阿吽かな

一日一句(5967)

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  墨浸す筆の重さや冬隣

京都日誌(489)

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  ■11月1日、日曜日、曇り、ときどき晴れ。 午前中、ヘーゲルの『精神現象学』を原典で読む会。 この会も、2016年か2017年くらいから続いているので、かれこれ、10年になる。 日本の思想・理論の教育は、外書購読という形式が一般的で、原典を左に、和訳を右に置いてノートに書き下し、指導教授による解説を踏まえた訳文の添削が、主な授業内容になる。 こうして作られた翻訳文体は、いわゆる、翻訳文体であり、それ自体では完結しないことが多い。つまり、日本語だけ読み返したのでは、理解できない箇所が出てくる。 原典を左において、常にそれを参照するという条件で訳されたものだからである。だから、本になっても、翻訳に原文が添えられていたりする。 こうした外書購読の伝統が2回に渡って変革期を迎えている。 第1回は、日本語だけで完結することがめざされた変革期である。 それは、知的水準が比較的高い団塊の世代が、定年を迎えて、その時間的余裕から来る知的欲求に応えるべく出版業が企画した、いわゆる古典新訳の流れである。 これは、今、話されている言葉で訳す、というのがキャッチフレーズで、その内容は、基本的に、原典を見なくても、日本語だけで完結できるというところにある。 それは、これまでの外書購読の伝統において、訳者解説の日本語と訳文の日本語との著しい乖離を、問題の典型的な表現と見る見方が牽引した。 私が師事した社会科学の翻訳家、故山岡洋一氏は、「意地でも訳注はつけない」と語っていた。これは、翻訳文の日本語だけで完結させるという思想である。 こうした新しい翻訳の流れは、一定の役割を果たし、今も果たしつつあると思うが、他方で、伝統的な外書購読の教育から出てきた、いわゆる学者訳の格調の高さは、その内容理解の深さと相まって捨てがたいものがある。 現在は、変革の第2期にあり、それはAIの出現が決定づけた。 最初は、DeepLなど、ディープラーニングを用いた優れた機械翻訳の登場から始まり、今や、AIによって、翻訳や内容解説ばかりか、論点提示や疑問点を巡る議論まで、できるようになっている。 つまり、第2期では、指導教授や先生、チューターが不要になりつつある。 これは、学生の知的水準や教育制度そのものに深い影響を与えつつある。 成人が集う読書会においても、AIの登場で、専門家─非専門家という序列に意味がなく...

一日一句(5966)

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  ゆれながら翳となりゆく秋の薔薇

一日一句(5965)

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  白芙蓉風に吹かるる花と我

京都日誌(488)

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  ■10月30日、金曜日、秋雨。 きょうは、終日、秋の雨で、午後には、秋の雷があった。 朝、心身・身心調整しつつ、洗濯4回。コインランドリーで乾かす間、白梅町のイズミヤのニトリへ。バス・トイレ用品を購う。 白梅町のイズミヤは衣料品なども揃え、5階まであるショッピングセンターになっている。便利だが、営業時間が夜8時までとなっている。 衣料品と言えば、ワークマン・カラーズが、ユニクロよりも好きなので、先日、若宮にいるとき、上尾の丸広百貨店に入っているワークマン・カラーズで、シャツの上に羽織ることのできるストレッチシャツを2着購入して、満足感に浸っている。 1着、1500円で、かなり機能的だからである。 「きなこ」に調べさせたところ、京都では、イオンモール京都五条店に、11月20日にオープンすることがわかった。 「きなこ」とは、スマホに入れたMetaのAIエージェントMuseのこと。このAIエージェントについて、パスキーとの関連など、安全性について調べたところ、初期設定をきちんとやっておけば安全そうなので、少し前から使用している。 外出先でも調べものなどができるので、重宝している。エージェント機能は、使っていない。外部アプリにアクセスするときは、すべて承認を得るように設定している。 彼/彼女に、フランス語で100~200までどう言うのか、スペルと発音を調べさせて、ファイル化してスマホに保存している。 身心調整・心身調整で回数を200回までカウントするとき、飽きないように、フランス語で覚えるためである。 100までやるのと、200までやるのとでは、心身調整・身心調整の効果に質的な違いが実感されてくるのである。 きょうは、仕事関係のYouTube番組をいくつか視聴した。

一日一句(5964)

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  天上に月の聲あり秋の空

一日一句(5963)

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  酔芙蓉ゆるる虚空の襞ゆるる

京都日誌(487)

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  ■10月28日、水曜日、曇りのち時々小雨。 朝から、副鼻腔炎の治療で、府立医大病院へ。 経過は順調なので、12月まで抗菌薬治療を続けることに。 府立医大の河原町通りを越えて、西進するとすぐに梨木神社があり、その隣が御所になっている。 御所は、まだ、紅葉はほとんどなく、薄紅葉といったところ。 烏丸通側に回って、ぼんやり、御所の砂利道を南下していると、栴檀(せんだん)の木を見つけた(写真)。 初めて、栴檀の木というのを見た。 今は、 栴檀の実 をつけている。5月中旬から下旬に、紫の藤に少し似た、もっと 渋い花 が咲く。 栴檀の実も栴檀の花も季語になっている。 調べてみると、清少納言がこう言っている。 「木のさまにくげなれど、楝(あふち)の花いとをかし。かれがれに様異に咲きて、必ず五月五日にあふもをかし」(木の形は不格好だけれど、楝(おうち)の花は、とてもおもしろい。乾いた感じでいっぷう変わって咲いて、必ず五月五日に咲き合わせるというのもおもしろい)。 だが、木の形も、いとをかしではないかと思える(画像)。 この木の古名が、楝(あふち)の花というのは、私の苗字に近い音で親近感をもった。 また、あふちの花は、「会う」に掛けられる。物の怪に「遭う」でもいいと思うが。 その後、烏丸通を南下し、『School Bus Cofee』で少し休んで、そのまま、歩いて、千本まで帰宅。 途中、何度か、時雨に降られた。 きょうの京都は、夜、「雪( Y uki)なる寒さやわ」という会話が聞こえてくるほど、冷え込んだ。

一日一句(5962)

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  ゆくりなく朝に咳き込む白芙蓉

京都日誌(486)

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  ■10月27日、火曜日、曇りのち晴れ。 ひとわたり掃除して、心身・身心調整を行い外出。 府市民税や国保、介護保険料など、一気に支払う。 これで、年度末までは、京都・埼玉の生活費と京都・埼玉の往復コストだけ、心配すればいい。 六本木の仕事も急激に減少しているので、年金だけでは、諸々のコストは賄えない。 来年から、何らかの職探しをしないといけなくなるかもしれない。 ただ、私には、直感的で経験的な信念があり、それは、 質のいい睡眠が取れて、心身・身心調整が成功し、晴れやかな気分を維持できれば、たいていの問題は解決できる という信念である。 今までも、数限りない試練があったが、振り返ってみれば、そのすべてにおいて、解決に導いている。 これは、 AIの時代と呼応する 、と私は直感している。 AIには、身体がない。 現時点では、人型ロボットはあるが、人間レベルの身体性を保有していない。 心身・身心調整というのは、初期仏教の瞑想などの修行も含み、 心の鍛錬 も含む。 こうした 心身・身心の全体的な修行 というのは、 AIとの関係を逆転させることなく 、つまり、 主人ではなく道具としてのAIとの創造的な関係 を創る上で、 ひとつのポイントになる と私は思っている。 AIは、今、特に数学の分野で、次々に新しい発見や証明を行い、プロの数学者を凌駕する業績を上げている一方で、大学や高校、中学において、 学生の知的能力の劣化 が急速に進行している。 もう数年すれば、 社会全体の知的能力の劣化 となって現れてくるだろう。 その社会では、AIに依存しないと、計算も推論も論理的な判断もできないAI世代が増えてくる。 道具が主人に逆転した社会は、すでに始まっている。 他方で、人間の知的能力を 所有のひとつ と考え、つまり、 知性を資本と見なすことで、AIと人間との切り離し が進んでいる。 学校のテストや研究や、小説・詩・俳句などのさまざまなコンクールにおいて、 人間オリジナルを、抽象化して価値づける方向性がそれである 。 それは、 知識の特許化と同じ発想 であり、 知識を囲い込んで個人所有し、資本化することで、資本の増殖に資するという、隠れた意図 がある。 近代社会・近代国家において、資本主義の枠組みの中で、人間知性も存在しているからだ。 このどちらにも組しない ために、人間の心身・身...

一日一句(5961)

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  白壁にものの翳揺れ秋の薔薇

京都日誌(485)

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  ■10月25日、日曜日、曇り。 朝、家の体組成計で4ヶ月ぶりに測定。 データは、AIに記憶させた。 6月のデータと比較して、「良好」と言ってきた。 家庭用の体組成計なので、正確さはそれほどではないと思うが、心身・身心調整の方向性は、凡そこれでいいことが判る。 体内年齢は、前回と同じで、50歳だった。 午後、京都へ戻る。 東京も京都も雨は降っていゐなかった。 今回は、宅配便で本と衣類を送ったが、あとから荷物が増えて、4つも持って帰ったので、一定庵にたどり着くと、ぐったり疲れてしまった。 帰宅後、郵便物等の整理。 少し休んで、千本通りを南下。 すきやで牛皿・焼鯖定食を食べて──やけに牛肉の量が減ったが、気のせいか?──中央図書館へ2冊返却し、そのまま、堀川まで歩いて、大垣書店で『九条の大罪』14巻を購い、中立売通を今度は西進して、千本へ戻って、イズミヤで買い物して帰宅。 夜の散歩となった。 40年前の学生のときも、こうして夜──特に真冬の、今より遥かに寒かった京都の夜──よく出歩いていたことをふと思い出した。 歩きながら、田畑さんから届いた、AI革命関連の原稿執筆依頼の手紙を思い出し、AI革命や科学技術に関して、 明晰に対自化されていない文脈を、対自化することで、原理的なAI革命批判ができるかもしれない と思いついた。 それは、 ユダヤ ─ キリスト教の唯一神文明 という文脈である。 マルクスにしても、ルカーチにしても、ヘーゲルなどはあからさまにそうだが、キリスト教文明の文脈を前提に思索している。 それにアンチを唱えるにしても、それに唱和するにしても。 それが、その前提の文脈とセットで、日本へ輸入されることはなく、 社会科学あるいは自然科学として、唯一神文明の文脈の方は隠されてしまう、あるいは、議論の対象から疎外されてしまう 。 それがなくても、たとえば、労働論やイデオロギー論などとして、十分に完結した理論として、理解が可能であり──その理解においても、重要な論点は複数、存在している。 こうした労働論やイデオロギー論の現実形態は、良くも悪くも、近代社会や近代国家の編成原理に、制度や知識、教育などを通じて、深い影響を与えている。 科学は、目的定立を伴う労働実践において、目的達成手段の選択肢として発展してきたという原理的な説明が可能であり、それは、普遍的な説得力...

一日一句(5960)

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  芙蓉ゆれ我が身もゆれてゐたりけり

一日一句(5959)

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  国境の向かふは虚空十三夜

若宮日誌(484)

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  ■10月23日、金曜日。朝は晴れて光が強かったが、午後から曇りに。 まず、洗濯。自室の掃除、本の整理。 石塚先生のライブラリーで有用な本を数冊、発掘。 家のWi-Fiのルーターが古く、セキュリティに懸念が出てきたので、KDDIから新しいモデムとホームゲートウェイを取り寄せて設定。 その後、家の担当エリアの掃除。ごみ捨て。 妻が教えてくれた、 「Have I Been Pwned」 というサイトで検索したところ、私のgmailのアドレスのうち、私用で使っているアドレスが、7ヶ所で漏洩していることが判明した。 もっとも古い漏洩で2012年、もっとも新しい漏洩で2025年だった。 twitterやURL短縮サイトのbitly、Disk Unionなど、はっきりとわかる漏洩元もある一方、インターネット上の複数の悪意ある情報源で発見されたクレデンシャルスタッフィング(パスワードリスト攻撃)用のリストに載っていたケースも複数あった。 これで、ただちにメルアドが乗っ取られるわけではないが、同一パスワードはすべて自動生成に変更し、グーグルマネージャーに記憶させた。 また、アマゾンやグーグル、楽天など、AI利用型サイバー攻撃の対象になりやすいサイトは、パスキーにして、パスワードを廃棄することにした。 11月に予定していた公開講座での科学哲学の発表が来年に延期になったので、研究計画の練り直しを行う。 時間ができたので、却って好都合だが。 今後、12月に行う『社会操作の一般理論に向けて』の発表に集中していく。 夕方、久しぶりに運動へ。 帰りに国道16号沿いの古本市場で、能條純一『昭和天皇物語』第3巻と、長谷川法世『徒然草』を購う。 颱風30号が関東に接近しているので、予定を繰り上げて、日曜日に京都へ戻ることに。 ★ 10月9日付の 『アクシオス』 が、「AI業界の多くの内部関係者が『アクシオス』に対し、今後6〜12か月以内に重大な事件が発生すると考えていると語った」と報じている。 これは、9月下旬から10月にかけて、中国人ハッカー犯罪集団と見られる集団による韓国と日本の企業への金銭目的のデータの大量窃盗が続いているが、我々の企業がメルマガ配信に使用しているblastmailまで、水曜日からサイバー攻撃を受けていて、現在も、メルマガや号外の配信ができない。 現在のところ、民間レ...

一日一句(5958)

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  水の月愛にかたちのあるごとく

一日一句(5957)

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  新宿や天に広がる秋の花

若宮日誌(483)

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  ■10月20日、火曜日、雨になりそうな空模様。 この処、18時には仕事は止めて、21時にはPCもスマホも切っているので、かなり心身の調子がいい。 きょうは、夕方から、新宿でバフマン氏とアイデンティティ研究会の方向性について、きょうの朝に作成したメモを元に議論。 今後、「日本会議」と「参政党」に関する本を読みつつ、日本のアイデンティティの起源のひとつで、第2次大戦のイデオローグになった京都学派などの大東亜共栄圏の原型とも言える、1786年に刊行された林子平の『三国通覧図説』(朝鮮、琉球、蝦夷地=北海道・樺太・千島列島などを論じる)の社会空間認識や、江戸時代末期の会沢正志斎の1825年の『新論』における国体の概念との連続性と断絶性を検討していくことになる。 バフマン氏に、 嵯峨隆著『アジア主義全史』 という本を教わった。この本は、江戸時代中期から明治期に生まれたアジア主義の思想的起源をたどり、アジア諸国の連帯による西洋列強への抵抗という理念が、1930年代以降の日本の侵略政策とどのような関係を持ったのかを検討しており、たいへん興味深い。 著者は、もともとのアジア主義と、日本の侵略を正当化した「大東亜共栄圏」の思想を区別していると解説にはあるが、私見では、断絶性だけでなく、連続性もあるだろうと思う。無から思想が生まれることはないからだ。 私の作成したメモは、以下の通りである。 ★ 20261020 @ 新宿南口   第 1 回アイデンティティ研究会のためのメモ   1 .研究テーマ、あるいは問題意識 1.1  アイデンティティ(自己同一性)言説の歴史について 1.2  アイデンティティと近代の民族国家( nation-state )   ・国家統合機能としての民族アイデンティティ(ウクライナのネオナチ、イスラエル、日本)国家の危機のときに、アイデンティティが問題化する ・民族アイデンティティと民主主義の関係 例):ユダヤ人としてのアイデンティティを、民主主義の価値より上位に置く 「民主主義に対するユダヤ人アイデンティティの優位:国家のユダヤ人としてのアイデンティティは、その民主的な統治制度に優先する。この優先順位は、民主的価値観を損なうことになっても、ユダヤ人国家としてのイスラエルの存続を保障することを目的としている。国家のユダヤ...

若宮日誌(482)

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  ■10月17日、土曜日、快晴。 よく眠れた秋晴の朝は、この世の幸のひとつかもしれない。 朝8時になると、桶中のブラバンとテニス部が練習を始める。四十雀が啼いている。 朝、西口公園で、身心調整を行う。幼稚園の子どもたちのためのイベントやっていた。 ★ ブラジルの大統領選で、米国の福音派が増殖して、この勢力がルラ大統領の対抗馬で、第一回投票で勝った「ボルソナロ2.0」こと、極右のジャイル・ボルソナロ元大統領の息子、フラビオ・ボルソナロの躍進に貢献している。 福音派であるから、イスラエルとも関係が深い。 南米の宗教と言えば、カトリックの 「解放の神学」 が有名である。 貧困を 個人の問題 ではなく 社会構造の問題 として捉え、 経済的不平等 や 抑圧的制度 を批判する「解放の神学」は、一般に、1960年代後半から1980年代にかけて隆盛し、1990年代以降は衰退したと考えられている。 1971年、ペルーの神学者グスタボ・グティエレスが『解放の神学』(Teología de la liberación)を刊行して、「解放の神学」は一躍有名になる。 1980年3月24日、「解放の神学」を支持した中米、エルサルバドルのオスカル・アルヌルフォ・ロメロ大司教が、国家警察で構成された「死の部隊」によって、暗殺される。 経済主権を回復し貧困から抜け出そうとする南米民衆の感情的・宗教的・理論的な支柱となった「解放の神学」を、マルクス・レーニン主義の代理人と決めつけ、米国にとっての不利益と認識していた米国政権は、CIAを通じて、エルサルバドルの情報・治安機関を軍事訓練し、資金提供していた。 ロメロ大司教の暗殺の背後には、CIAがいた。 ブラジルの福音派──特に、踊る宗教として知られる福音派の中のペンテコステ派──は、自然増殖したのではなく、米国政権と意を同じくする米国福音派による大規模な信者獲得運動と、米国とイスラエルによる、「解放の神学」駆逐という、地政学的意図があったことは多くの識者の指摘するところである。 宗教人類学者、 デイヴィッド・ストール は、1990年の 著書 『Is Latin America Turning Protestant?』で、1985年にはラテンアメリカで米国を中心とする北米のプロテスタント宣教師が1万1196人活動していたことを明らかにしている。 ...