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京都日誌(402)

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  ■4月2日、木曜日、晴れ。 きのうは、雨の中を、百万遍の「大阪コピー」へ行き、田畑先生からお借りした貴重な資料──旧東独の哲学者・ジャーナリスト、ヴォルフガング・ハーリヒの『ニコライ・ハルトマン:その偉大さと限界』の、コピー製本をお願いしてくる。ルカーチとハルトマンの関係を、理解するための基礎資料である。 ヴォルフガング・ハーリヒ (1923-1995)という哲学者・ジャーナリストは、ニコライ・ハルトマンの弟子で、ルカーチやブロッホと同様に、スターリニズムを批判したマルクス主義者である。ハーリヒのスターリニズム批判は、理論的な批判ではなく、民主社会主義への具体的な社会改革案を党やソ連に提示したものだった。この結果、「反革命陰謀」罪で、懲役10年の刑を受けている(いわゆる、1957年の「ハーリヒ事件」)。服役は8年。 さらに、1970年代の比較的早い段階で、 「成長の否定」+「エコロジー」+「社会主義」を 結びつけた。ただし、その環境思想は、強権的国家による統制を前提とする点で特徴的である。 南アフリカ出身で英国のトロツキスト 、 テッド・グラント による、手厳しい ハーリヒ評価 もある。 ★ 南伊豆から帰って、連作詩「海、あるいは聲の聲」の1番、2番、3番を書いた。 まだ、手を入れないといけない。 京都生協の宅配をお願いすることに。 買い物の時間節約のためと、結構、ここまで荷物を持ってくるのが、重い。

一日一句(5882)

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  春キャベツふはりと軽きこころかな

一日一句(5881)

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  春の波移ろふものは美しき

一日一句(5880)

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  春の波寄せて返してあとを生く

一日一句(5879)

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  寄せてくる波に散り込む春日かな

京都日誌(401)

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  ■3月30日、月曜日、天空に薄い光ある曇り。写真は、下流(したる)の朝6時過ぎの春の海。 27日の金曜日、28日の土曜日と、一泊で南伊豆へ出かけた。 目的は、公開講座『ルカーチの存在論』の友人が、1月31日に73歳で逝去して、葬儀に出られなかったため、公開講座の仲間3人と実家の墓に参拝するためだった。 伊豆半島最南端の石廊崎灯台へ行き、午後の春の海を見て、その後、下流に宿泊して、朝、下流の春の海を見て、さらに、バスで北上して、弓ヶ浜の春の海に触れて、その後、友人の墓所へ参拝。 友人のお母さん、96歳と、従妹さんとも会うことができた。 今回の旅は、たいへん、充実した佳いものだった。 この時期の春の海は、岩に波が砕けるとき、波の下の海はエメラルドグリーン、波の上部は乳白色の泡になる。 28日の朝、散歩している時、ウツボを捕獲するプラスチックの筒11本が、防波堤に立てかけてあった。これは、最初、伊勢海老漁の道具だと思ったが、地元の方に聞くと、ウツボ漁に使用するという。ウツボは、ここではかなり捕れるらしく、下流と同じ賀茂郡の松崎町で加工販売されている。 伊勢海老は、海底の岩場に生息して、月のない晩に、砂地で餌を捕獲するのだという。このため、漁は舟で月のない晩に出てゆき、敷網を用いて捕獲する。 伊勢海老の環世界には、光の要素(目はあるので、光が強い・弱いの検知はできる)はあまり重要ではなく、触覚・化学感覚(匂い・味)中心で餌を探査する。 月夜は、動体視力のいい、自然の捕獲者である魚類に、見つかる可能性が高いため、月夜を外して伊勢海老は、餌を捕獲する。 伊勢海老の環世界では、触角(長いヒゲ)で水流・振動・障害物の検知(空間認識)し、小触角(アンテナ)で、化学物質の検知(餌の匂い)し、脚の先端に、味覚に近い機能があり、接触したものを「食べられるか」判断している。 つまり、伊勢海老は、「見る」のではなく「感じて探る」ことで、その世界を構成している。それ以外に、彼の世界は存在しない。 ここでは、その環境から、生命の側で 主体的に選択して環世界を構成 している。伊勢海老にとっては、この環世界が全てであり、 我々の言葉で言う、絶対的な客観世界 は存在しない。 我々が、素朴に考えている絶対客観も、それを含む上位の客観が存在することが、ちょうど、伊勢海老の環世界と人間の環世界の関...