投稿

旧洞村フィールド・ワーク(20261011)、あるいは、死者の聖化・選別・排除による生者の生活過程への介入と、それによる社会秩序の生成について

イメージ
■これは、『21世紀研究会』主催のフィールドワークの感想として執筆したテクストです。『一般社会操作論に向けて』において、空間布置・空間操作という点を強調して神武天皇陵・靖国神社・御所を比較検討しました。社会の再生産論および社会統合論に、社会操作をどう位置付けるかが、今の理論的な関心となっています。その際、社会を生物学のアナロジーで理解する系譜と、矛盾の止揚による弁証法的展開として理解する系譜の、2つの理論的な系譜の差異と同一性が重要になるだろうと感じているところです。 ■ はじめに 畝傍御陵前駅に降りてまず確認したのが、畝山(洞村)、橿原神宮、畝傍御陵=神武天皇陵の空間配置でした。駅のごく近いところに、日本の大和朝廷関連の考古学的知識の生産拠点である橿原考古学研究所と、その付属博物館が位置することも確認しました。   これらの空間配置によって、ここが、「建国の聖地」であることが、結果的に演出されているように思いました。   特に、日本の考古学的知識の生産拠点である橿原考古学研究所を、ここに据えたことは、「建国の聖地」に 科学的なリアリティー を与えることに成功していると思います。   これらは、記紀に出てくる畝山や橿原神宮、神武御陵の空間布置を用いて、建国の時間と空間を、 社会的に確定する という、 大掛かりな社会操作 と言えるでしょう。   そして、この空間布置の目的は、 地域全体の聖化 であり、とりわけ、橿原神宮と神武御陵の布置によって、畝傍山の再聖化が担保されています。   王権には、もともと原理的な根拠(それ自身をそれ自身で根拠づける)は存在しませんから、 神話の外在化で王権を社会的に根拠づける試み と言えます。   たとえば、京都の現在の御所は、鎌倉時代以降に設営されたものですが、その広大な御苑全体の空間の中心に、かつて天子が政を行う紫宸殿が存在し、御所の空間全体はそのまま 天子の身体性 を意味していました。   この空間は、天子の権威と清浄さとを意味し、 24 時間、皇宮警察が御所内を巡回し、 不在の天子の身体性 を守っているのです。   この 清浄さという権力空間のあり方 が、日本的な権力表現の特徴のひとつと思われます。   御所の塀の外で、朝夕、紫宸殿に向かって柏...

京都日誌(491)

イメージ
  ■11月6日、金曜日、巻雲の晴れ間。 朝から、3時間以上、衣笠山周辺を散歩。 きぬがさの路から、衣笠山へ登るルートがあったはずなのだが、2度ほど、立命館を起点に龍安寺とその先までを、往復して入り口を確認したが、見つからない。 立命館の東門のところで守衛に立っていた女性に、このルートと、衣笠山の巨岩について聞くと、正門のバイク置き場の先から、みんな登っていると教えてくれた。 私の40年前の記憶は、そのルートではない。 一応、行ってみたが、トンネルをくぐるバイク置き場は立命館の学生用であり、ためらわれた。 入り口に立っていた男性の守衛さんに聞くと、衣笠幼稚園の方からも行けると言うので、行ってみたが、幼稚園を左に折れて山へ向かうところで、その先の門が閉まっていて、行けなかった。 私の記憶では、これらのルートではなく、きぬがさの路から直に登るルートが、意表を突くような形で存在しており──このルートは、等持院に下宿していた私が、歩き回っているうちに偶然見つけたものだった──、朝、よく女性が大型犬の散歩などをしていた。 私は、このルートの谷間に散在していた巨岩に座って、南の景色を眺めていたものである。 宝塚へ越す前日も、ここに来て、この景色を見た記憶がある。 この入り口はふさがれたのか、私の記憶が間違っているのか。 いずれにしても、簡単に見つかると思っていたこの衣笠山へのルートを探すことが、この秋冬のテーマになってきた。

一日一句(5970)

イメージ
  薄紅葉ぶらりと天を散歩かな

一日一句(5969)

イメージ
  新米や琵琶湖の水は高くあり

京都日誌(490)

イメージ
  Painting by Romie Lie ■11月3日、火曜日、晴れ。 朝、洗濯機を3回回す。その間、心身・身心調整。コインランドリーで乾燥させる。 朝食後、愛車のブランシュ──多忙で、ほとんど乗れていない──に空気を入れに行く。 21世紀研究会で、10月にフィールド・ワークに行った神武天皇陵について、レポート執筆。かなり時間を要した。 欧州が大変なことになっているので、ベルンのロミーにメールする。ぜんぜん、問題ないとのことだった。周りは、ぜんぶ、牧草地だった。 欧州の大規模デモと暴動・略奪は、高校生・大学生の教育環境改善の要求という層と、それを利用したブラック・ブロックと言われる極左あるいはウルトラ左翼(政党を否定する政治勢力)──彼ら(出身はブルジョワ階級が多い)は、たとえば、リモージュのあるオート=ヴィエンヌ県などに、武装訓練場を持っており、そう大人数ではないが、ドイツ人(そもそも、ブラック・ブロックの発祥はドイツ)やオランダ人も訓練を受けて、パリの暴動に参加している──により、ショーウインドーやリモージュ市庁舎などの破壊活動を行う層。それに加えて、郊外在住(麻薬などの取引も行われる)で、いわば、欧州社会から疎外され機会を奪われたイスラム系移民(アフリカ系モスリムも)の2世、3世による商店街の商品略奪という、基本的に3層構造からなっている。 フランス場合、マクロン大統領の所属する中道勢力が、来年4月の大統領選挙にぼろ負けが決まっているので、つまり、決選投票には進めないので、パリ警視庁も情報局もブラック・ブロックのメンバー全員の住所氏名を把握しているにも関わらず、逮捕せず放置している。 あるいは、警官がブラック・ブロックの格好をして、破壊活動を行っていると仮説を述べる人もいる。騒動を大きくした方が、憲法第16条で深刻な危機の際、大統領が全権を掌握できる可能性が出てくるからだ。 ドイツでは、フランスよりも、パレスチナ連帯デモが、「なぜ今ここで」という形で問題化している印象がある。ドイツは、イスラエルに対して批判的なトルコ系が多いので、そうなるのだろう。 友人の作家、黄英治さんより、宮沢さんの『他者の声を聴く』の金時鐘論を読むよう、アドバイスをいただく。「金時鐘先生との対峙・格闘の始発点に」とのことだった。 金時鐘という詩人は、日本語やそれを支える日本...

一日一句(5968)

イメージ
  粗茶を酌む秋の天地の阿吽かな