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京都日誌(493)

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  ■11月8日、日曜日。 深夜、京都でも震度3の地震だった。 京都で、建物全体がズシンスシンと揺れる経験は、ほとんどないので、すこし、驚いた。 この地震は、南海トラフ地震の想定震源域の中で発生した地震だったが、地震自体は、静岡県西部の深さ約41キロのフィリピン海プレートの内部で起きたもの。 これは、南海トラフの 発生機構 ──フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込み、このとき、陸側のユーラシアプレートが地下に引きずり込まれ、ひずみが蓄積され、これが限界に達して跳ね上がることで発生する──とは異なっており、この地震が南海トラフの発生機構に直接の影響することはないと気象庁は 評価 している。 たまたま、家族が大阪に来ているので、ラインで様子を聞くと、夢の中だったというw ★ きょうは、この地震の影響で、社会学会は1時間開始が遅れた。 午後から用事があったので、すべて視聴することができなかったが、批判的実在論という哲学理論が俄かに社会学者の注目を集めているのを始めて知った。 実証主義と解釈主義の2つを止揚する社会学のメタ理論という理解のようだった。 専門の研究者は違う、と言うかもしれないが、私が聞いた印象では、存在論的科学としても理解できるように思った。その意味では、ヘーゲルやマルクス、ルカーチの系譜とかなり親和性が高い。 来年、科学基礎論をまとめる機会があれば、この議論は、検討してみたい。 ★ 午後から、大阪の福島区民センターへ。 天皇の王権、島津の覇権、中国の王権との関係の中で、琉球の王権の変遷を歴史的に研究した講演を聴く。 たいへん、勉強になった。 天武天皇による、倭国から日本国に国号を変え、国内の呼び名として天皇を確立し、対中国では皇尊と称し、『日本書紀』という史書を編纂──681年に国家事業として天武天皇が命じ、天武天皇の皇子、舎人親王が編纂、720年完成──する、といった、 国号・史書・王の称号の三位一体 の確立が、私見では、 日本国家のアイデンティティの起源 だろうと思う。 同時に、このアイデンティティは、 中国と朝鮮との関係の中で成立した関係的なもの である。 明治の天皇制国家は、 古代の王権に範 を求めた、と講師の作家・大垣さなゑさんは述べていたが、その通りだろう。 そのときの明治国家のアイデンティティの原型が、この三位一体と見て...

一日一句(5973)

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  存在のやるかたなきに冬の雷

京都日誌(492)

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  ■11月7日、土曜日、晴れ。 きょうは、終日、社会学会だった。およそ、30年ぶりに参加。 Zoomではあるが、面白かった。宗教社会学やAI、理論、移民問題のセッションに参加。 残念なことに、外国人との共生に関する意識調査のセッションでは、質問を2回しようとしたが、会場の回線の問題で音声が聞き取れず、断念。 AIのセッション「AIを理解できるのか」では、AIの身体性の問題と実践知・暗黙知の問題、さらには、AIを社会的実践回路に組み込むという議論は、アイディアはいいと思うが、生産性のパラドックスを指摘したかった。 AI活用に人間身体を介入させることで、時間当たりの生産性が上がるのではなく、人間によるチェックや相互行為などが必要になり、逆に、生産性が下がる現象が企業調査で報告されているからだ。 このセッションでは、驚いたことに、Zoom参加者の質疑は全く黙殺されていた。Zoom担当が質問の仕方をチャットで指示しながら、質問時にはオフラインになっていた。ちょっと信じられない。 理論と宗教社会学の報告は面白かったが、質問には至らなかった。 あすは、社会病理や理論・学説、GHQの占領期の資料の読み解きなど、興味深い報告がある。 私は、常時、2本、仕事を抱えていて、その上で、研究をやっているので、どうしても、先行研究の検討が薄くなる。学会は、最新の研究成果をコンパクトに知ることができるので、たいへんいい勉強になった。 ★ 京都小川珈琲は、若宮にゐるときも、ドリップでよく飲んていて、ドリップの中では、美味しい方だと思ってゐる。店舗の 小川珈琲 の珈琲は、これまで飲んだことがなかった。 白梅町のイズミヤに店舗が入っていることを知って、先日、飲んでみたが、その美味しさに驚嘆した。 私も、喫茶店は好きで、いろいろ利用してきたが、珈琲が目が覚めるように美味しかったのは、数えるほどしかない。 しかも、この「おすすめ珈琲」は、550円という安さ。キャロットケーキや京ロールなどのケーキ類もあったが、モーニングはやっていないようだった。 珈琲は、体質の関係で、終始、飲むことができず、1週間に1回程度。 週1回は、ここで飲むことに。

一日一句(5972)

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  枯山水白美しき冬に入る

一日一句(5971)

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  石庭や砂より冬は来たりけり

旧洞村フィールド・ワーク(20261011)、あるいは、死者の聖化・選別・排除による生者の生活過程への介入と、それによる社会秩序の生成について

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■これは、『21世紀研究会』主催のフィールドワークの感想として執筆したテクストです。『一般社会操作論に向けて』において、空間布置・空間操作という点を強調して神武天皇陵・靖国神社・御所を比較検討しました。社会の再生産論および社会統合論に、社会操作をどう位置付けるかが、今の理論的な関心となっています。その際、社会を生物学のアナロジーで理解する系譜と、矛盾の止揚による弁証法的展開として理解する系譜の、2つの理論的な系譜の差異と同一性が重要になるだろうと感じているところです。 ■ はじめに 畝傍御陵前駅に降りてまず確認したのが、畝山(洞村)、橿原神宮、畝傍御陵=神武天皇陵の空間配置でした。駅のごく近いところに、日本の大和朝廷関連の考古学的知識の生産拠点である橿原考古学研究所と、その付属博物館が位置することも確認しました。   これらの空間配置によって、ここが、「建国の聖地」であることが、結果的に演出されているように思いました。   特に、日本の考古学的知識の生産拠点である橿原考古学研究所を、ここに据えたことは、「建国の聖地」に 科学的なリアリティー を与えることに成功していると思います。   これらは、記紀に出てくる畝山や橿原神宮、神武御陵の空間布置を用いて、建国の時間と空間を、 社会的に確定する という、 大掛かりな社会操作 と言えるでしょう。   そして、この空間布置の目的は、 地域全体の聖化 であり、とりわけ、橿原神宮と神武御陵の布置によって、畝傍山の再聖化が担保されています。   王権には、もともと原理的な根拠(それ自身をそれ自身で根拠づける)は存在しませんから、 神話の外在化で王権を社会的に根拠づける試み と言えます。   たとえば、京都の現在の御所は、鎌倉時代以降に設営されたものですが、その広大な御苑全体の空間の中心に、かつて天子が政を行う紫宸殿が存在し、御所の空間全体はそのまま 天子の身体性 を意味していました。   この空間は、天子の権威と清浄さとを意味し、 24 時間、皇宮警察が御所内を巡回し、 不在の天子の身体性 を守っているのです。   この 清浄さという権力空間のあり方 が、日本的な権力表現の特徴のひとつと思われます。   御所の塀の外で、朝夕、紫宸殿に向かって柏...