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往還日誌(398)

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  ■3月3日、雨の雛祭。低気圧のせいか、終日、頭痛があった。 御茶ノ水 で33年続く公開講座『ルカーチの存在論』の会長で盟友のT氏逝く。1月31日逝去、享年74。 個人情報保護法の壁に阻まれて、行政からは、一切、彼の情報を得ることができなかった。高等学校の同窓会に連絡して、事情を話したところ、ようやく、実家とコンタクトを取ることができた。 この間、いろいろなアプローチを試みて、安否が判明するまで、10日ほどかかった。 人間を守るための法のはずが、官僚機構を介すると、人間を疎外する事態に転倒する。 怒りと虚しさを感じた。 ★ アメリカとイスラエルのイラン攻撃に対して、アメリカが、自国のAI企業をどう取り込み、戦争に利用しているか、ということは、現代の戦争を観るときに、避けて通れない観点である。 ライターの岡田麻沙さんが、よくまとまったシャープな 良記事 を配信している。 これを読んで、たいへん勉強になった。 ChatGPTに対抗して開発された Anthropic社の Claudeが、話の基軸になっている。 だが、戦争に利用されるAIは、 Claudeにしても、ChatGPTにしても、Googleにしても、 Palantirテクノロジーズのプラットフォーム上で動いている。 どうやら、AIの戦争利用は、Palantirが一つの鍵になっているようなのである。 岡田さんは、こう述べている。 「Palantirはシリコンバレーの右翼的投資家ピーター・ティールがCIAの投資部門In-Q-Telの200万ドルの出資を受けて2003年に設立した。CEOのアレックス・カープは2025年に『我々は完全に反ウォークな最初の企業だ』と投資家に語っている」。 私の記憶では、ウクライナ紛争で米軍がウクライナ軍に衛星画像の情報を提供するときのインフラは、このPalantirだった。 さらに、岡田さんは、こう述べている。 「2024年1月、Palantir共同創業者のティールとカープがテルアビブでイスラエル国防省と『戦略的パートナーシップ』を締結した。AI戦闘支援プラットフォームを提供し、『敵の標的を分析し、戦闘行動を提案する』システムだ。 +972 Magazine、イスラエルの調査報道メディアLocal Call、英国紙The Guardianの共同調査報道によれば、Palantirの...

一日一句(5860)

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  古雛かろがろとした別れかな

一日一句(5859)

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  ひと死んで艶やかに立つ春の聲

往還日誌(397)

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  ■3月2日、月曜日、斑雲が空を覆い青空が透けて見える曇り。 朝から、六本木の仕事。午後2時半に終了させて、ジムへ。 きょうは、あまり体調が良くなく、20分で切り上げる。有酸素運動と体幹トレーニングは省略。 夜、確定申告の領収書の整理。 歩く瞑想など。 ★ 【ひとの死に方の研究1:ヘーゲルの場合(1770-1831)】 ・ヘーゲルは 1831年11月14日、ベルリンで死去。享年、61。 ・当時の公式記録では、コレラが死因とされている。当時はベルリンでコレラが流行していた。 ・ヘーゲルは、ベルリン大学教授だった。 ・それまで、大きな持病はなかったとされている。 ・記録によれば、数日前から急に体調を崩し、激しい腹痛・嘔吐下痢、腹部痙攣、衰弱などの症状を呈し、短期間で死亡したという。 ・コレラは当時、致死率が非常に高い感染症だった。抗生物質もなく、脱水に対する有効な治療も未発達だったため、発症後数日で死亡することは珍しくなかった。 ・ヨーロッパ全土を覆ったパンデミックの中で、ほとんど準備のないまま急死した。 ・ヘーゲルのような巨大な体系哲学者も、最後は極めて身体的な、しかも排泄の制御を失う疾患で倒れた。 ※彼はこう死んだ。では私は、今日をどう生きるのか?

一日一句(5856)

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  雛の筺あつけなきほど軽きかな

往還日誌(396)

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  ■3月1日、日曜日、快晴。 朝、ヘーゲルの『精神現象学』を原典で読む会。 その後、六本木の仕事。 2月28日に、ネタニヤフとトランプが共同軍事作戦で、イランの最高指導者ハメネイ師を殺害した。 ありえないような、邪悪さである。 米軍にもイスラエル軍にも弾薬が不足しているので、長期戦は初めから考えていなかったと思うが、ハメネイ師を殺害すれば、ネタニヤフとトランプの目的であるイランの体制転覆が実現するかどうか、わからない。 今後、これで長期戦にならないという保証もないだろう。 1日の『時事通信』は、こう 報じている 。 「 イスラエル軍は1日、イランの首都テヘランのハメネイ師に関連する施設で、同師が高官と一緒にいる際に『精密で大規模な作戦』を行ったと説明した。 報道によるとイスラエル軍は爆弾約30発を投下。 ハメネイ師はこの時地下にいたが、米軍の爆弾でなければ貫通できない最深部の地下壕ではなかったという。 米情報筋はロイターに対し、会議は当初2月28日夕から行われる予定だったが、イスラエルの情報機関が同日朝への変更を察知し、攻撃時間が早まったと説明した。 ハメネイ師は日ごろ、トンネルがつながった地下施設に身を隠していた。面会の際は自身の所在が分からないよう、相手が側近であっても目隠しして移動させるよう徹底していたとされる。 しかし実際には、イランの体制中枢まで張り巡らされた情報網により、イスラエル側はハメネイ師の動きを細かく把握していたもようだ。 殺害後、イスラエル側は、がれきの中から収容されたとされるハメネイ師の遺体の写真を入手。遺体には破片が突き刺さっており、ネタニヤフ首相もその様子を確認した」。 つまり、初戦において、モサドの情報収集力が、弾薬不足をカバーした形になり、目的を達成したと言える。 ナイジェリアのカドゥナ在住のイスラム教徒(たぶん、シーア派、イマーム・ハメネイと呼んでいるので)で、政治学者で、起業家のジア・アブドゥル・ジャッバール・ウスマーンさんは、こう 述べている 。 「イマーム・ハメネイは殉教者として亡くなった。死は我々の親しい友であり、避けられないものである。 このような事態に備えて、彼は 後継者候補を4人指名していた との報告がある。したがって、 抵抗は続けられなければならない。 しかし、サタニヤフ(ネタニヤフ+サタンのもじり)とその...