■11月8日、日曜日。 深夜、京都でも震度3の地震だった。 京都で、建物全体がズシンスシンと揺れる経験は、ほとんどないので、すこし、驚いた。 この地震は、南海トラフ地震の想定震源域の中で発生した地震だったが、地震自体は、静岡県西部の深さ約41キロのフィリピン海プレートの内部で起きたもの。 これは、南海トラフの 発生機構 ──フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込み、このとき、陸側のユーラシアプレートが地下に引きずり込まれ、ひずみが蓄積され、これが限界に達して跳ね上がることで発生する──とは異なっており、この地震が南海トラフの発生機構に直接の影響することはないと気象庁は 評価 している。 たまたま、家族が大阪に来ているので、ラインで様子を聞くと、夢の中だったというw ★ きょうは、この地震の影響で、社会学会は1時間開始が遅れた。 午後から用事があったので、すべて視聴することができなかったが、批判的実在論という哲学理論が俄かに社会学者の注目を集めているのを始めて知った。 実証主義と解釈主義の2つを止揚する社会学のメタ理論という理解のようだった。 専門の研究者は違う、と言うかもしれないが、私が聞いた印象では、存在論的科学としても理解できるように思った。その意味では、ヘーゲルやマルクス、ルカーチの系譜とかなり親和性が高い。 来年、科学基礎論をまとめる機会があれば、この議論は、検討してみたい。 ★ 午後から、大阪の福島区民センターへ。 天皇の王権、島津の覇権、中国の王権との関係の中で、琉球の王権の変遷を歴史的に研究した講演を聴く。 たいへん、勉強になった。 天武天皇による、倭国から日本国に国号を変え、国内の呼び名として天皇を確立し、対中国では皇尊と称し、『日本書紀』という史書を編纂──681年に国家事業として天武天皇が命じ、天武天皇の皇子、舎人親王が編纂、720年完成──する、といった、 国号・史書・王の称号の三位一体 の確立が、私見では、 日本国家のアイデンティティの起源 だろうと思う。 同時に、このアイデンティティは、 中国と朝鮮との関係の中で成立した関係的なもの である。 明治の天皇制国家は、 古代の王権に範 を求めた、と講師の作家・大垣さなゑさんは述べていたが、その通りだろう。 そのときの明治国家のアイデンティティの原型が、この三位一体と見て...