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京都日誌(418)

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  ■6月18日、木曜日、曇り。 本の梱包と整理。掃除。 夕方、宅配便の気のいいお兄ちゃんが、集荷に来てくれた。 結局、6箱、京都へ送った。 ★ きのう、洗濯物を取り込んでいた妻が、天道虫の幼虫が、大量に発生していると言っていた。 天道虫は、夏の代表的な季語だが、天道虫を biosemiotics (focusing on the study of signs, communication, interpretation, and cognition in living organisms.) の観点から解説した歳時記は知らない。 すべて、人間中心主義で書かれている。 曰く、天道虫には、益虫と害虫がいる。日本の民間伝承にも登場し、「天の使い」「福の使者」として吉兆の象徴とされる云々。 天道虫も、色や匂い、化学痕跡、温度、光、他個体の存在を認識し、その組み合わせによって、その行動を選択している。つまり、主体があると言える。 たとえば、天道虫は主にアブラムシを食べるが、遠くから、アブラムシそのものを見ることはできない。 その識別に天道虫は、植物が出す化学物質を利用している。 植物はアブラムシに吸汁されると、テルペン類、グリーンリーフボラタイルなどの揮発性物質を放出する。 天道虫は、これを臭覚で感知して、「ここに餌場がある」という、サインとして行動し、その植物へ飛ぶ。さらに、葉の上を歩きながら触角や足で、この化学情報を読み、アブラムシを発見する。 天道虫は昆虫なので、左右に複眼がある。複眼は多数の個眼から構成されているが、個眼数は数百程度で、蜻蛉の数万個には遠く及ばない。 この天道虫の複眼は、動くものは認識できる、明暗はわかる、色もある程度識別できるが、細かな形状の識別は難しく、遠方の対象を鮮明に見ることはできない。 天道虫は、我々の三次元空間とは、異なった環世界を生きている。 天道虫が実際に生きている環世界は、三次元幾何学だけでは記述できない 『意味によって組織された空間』 になる。 具体的言えば、天道虫の空間は、アブラムシの匂いが強くなる方向や葉の表面の傾き、光の方向、温度勾配、他個体の化学痕跡などで、 組織された意味勾配ある空間 となる。 我々人間も、純粋な三次元空間を生きているわけではなく、物理空間の上に、 感情や記憶、社会関係などの意味の次元 を重ねてい...

一日一句(5952)

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  あぢさゐや道の向かうは喧嘩腰

京都日誌(417)

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  ■6月17日、水曜日、快晴。 日曜日は、朝から、本の片づけ作業。午後、仕事を少し抜けて、上尾のビバホームへ、鉢の底石を買いに。ゴーヤのプランターと、オクラと大葉の鉢に使用。エプソンのプリンタ・カートリッジの「カメ」があったので、ついでに購入。ビバホームに、今夏のテーマである、「水中花」は置いてなかった。途中、寿広場の大銀杏の「南」と、青桐の切り株に挨拶。 懐かしい、北関東の時空のいろ。 このころ、物の反抗を受けている。 物が思い通りにならないのは、以前からだが、このところ、ますます、物の反乱に遭遇している。 2Lのペットボトルのブルーのキャップは、とんでもない後方へ飛んで行ってしまうし、季節はずれにも、水は机に広がるし、愛用のシャープペンシルは、すぐに隠れてしまう。 これらは、総じて、老化と括れるが、私が注目しているのは、主に、指の摩擦係数の低下である。 握力自体には、問題がないことは確認済であるが、よく指が滑る。 それは、長年の使用による指先の皮膚の摩耗だろうと思っている。それが、もっともよく現れるのは、食器を洗う時である。なので、ゴム手袋をしないと、手が滑って、食器を割ることになる。 火曜日の朝、近所を散歩した。1.5時間の散歩。かなり久しぶりで楽しかった。 寿広場から、榮屋菓子舗を通り、市の指定文化財になっている矢部家住宅の横のあぢさゐの細道を北へ。カー用品を扱うダイヤサービス株式会社という、古くて渋く不思議な形の、昭和のアパートのような、くすんだコンクリートの建物を見て、赤穂浪士の討ち入りの8年前に建立されたという、稲荷神社へ。 ここは、江戸時代、羽振りの良かった紅花商人たちが、立派な石灯篭を2基寄贈している。 鳥居を南に向かい、いつもの竹藪の光を見て帰る。 この日、西脇順三郎の Edgeの番組 を視聴。面白かった。 西脇順三郎は、典型的な形而上学詩人のひとりだと思った。その形而上学は、インテリエリートのそれで、庶民の素朴な形而上学とは異なっている。初期の教養主義的な形而上学は、戦後、日常的な形而上学へ変化する。 このとき、文学的記憶と、眼前の記憶が、一直線に並んだのだろうと思う。 諧謔は、俳句で言う、取り合わせの妙から来るが、俳句が、物自体に定位するのに対して、西脇のまなざしは、物以上を常に見ている。 西脇の散文的な詩に音楽を感じる向きもあるが...

一日一句(5951)

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  あぢさゐはきのふの聲のありどころ

一日一句(5950)

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  紫陽花や時々の初心といふことを

一日一句(5949)

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  あぢさゐや水の姿はいまここに

一日一句(5948)

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  あぢさゐやからだの中の水の音