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一日一句(5925)

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  若葉して玉露の雫となりにけり

京都日誌(411)

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  ■5月18日、月曜、快晴。 きょうも、朝から快晴で、街では日傘をさす女性が多かった。 このところ、心身調整の一環として、朝、吉本隆明の詩と、西東三鬼の俳句を、朗読して、スマホに収録し、フェイスブックにアップしている。黙読は速いけれど、聲に出してテクストを読むと、黙読とは異なった発見があって楽しい。 朗読に先立ち、妻に教わった、発声練習を、朝一番で行っている。 やりすぎたのかどうか、けさ起きると、喉がやや痛い。 ★ 午後、クロスバイク「Blanche」の納車。店長から、乗り方など、1時間近くレクチャー受ける。いろいろ、驚いたが、一番びっくりしたのは、ブレーキの使い方である。 軽量のクロスバイクの場合、前輪と後輪は、急ブレーキはかけない。小刻みに繰り返しブレーキをかけてゆくのが基本になる。 そうしないと、例えば、強い前ブレーキを急激にかけると、重心が前輪軸を超え、後輪が浮き上がる(「ジャックナイフ(前転)現象」)。逆に、後輪だけに急ブレーキをかけると、後輪が横滑りして、車体が不安定になる(「リアスキッド現象」)。 前輪と後輪を同時に急ブレーキをかけると、相殺されるのではなく、前輪はジャックナイフ現象が起きて「転倒リスク」が生じ、後輪はリアスキッド現象が起きて「横滑りリスク」が生じる、という二重リスクが生じるようなのである。 なので、スピードの出ているクロスバイクは、急な飛び出しに対応できない。 したがって、街中では速度を抑え、細道では特に慎重に走ることが、クロスバイクの構造上、求められてくる。 もうひとつ、驚いたのが、信号待ちの態勢である。クロスバイクは、両つま先が地面に触れる程度のサドルの高さがベストとされている。それが、チェーンに足の力をもっとも効率的に伝導できる高さなのだという。 なので、信号待ちを、この高さのサドルに座ったまま行うと、躰の重心は不安定で倒れそうになる。したがって、トップチューブに跨る態勢で両足を完全に路面につけて、待つのだという。 そう言えば、スポーツ車で、そういう態勢のひとを見かけたことがある。 このように、街中においては、軽量と引き換えに、走行上、かなりの制約を被ることになった。 では、クロスバイク本来の能力を発揮できるのは、どういう空間か? こう聞くと、店長のMさんは、3ヶ所具体的にあげてくれた。 第一に、賀茂川(鴨川)。第二に...

一日一句(5924)

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  晴明の聲消え残る木下闇

一日一句(5923)

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  夏蝶の消えたるのちは虚空かな

京都日誌(410)

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  ■5月16日、土曜日、積雲のある青空。 ママチャリの重量が意外に重く、20㎏以上もあり、ここは、エレベータも駐輪場もないので、3階の自室まで狭い階段を自転車を上げることになる。 2回ほど試みたが、日常的に3階までの往復は、無理と悟った。ママチャリをなめていた。 致し方がないので、軽量のクロスバイクに買い替えた。ママチャリの3倍以上もコストがかかった。 車体はホワイトだが、名前は、そのまま、「わらび」と呼ぶことにした。 ★ いろいろが重なって、少し沼ってしまって、いくつか、会合等をキャンセルした。 沼の最大の原因は、ニコの、レファレンスや索引を入れると、500頁近いの著作の最終チェックなんだが、おおよそ、チェックが終わり、あとは、訳者あとがきを書いて、ニコに、日本語版の序文をお願いすることになる。 いろいろのもうひとつは、「老化と記憶」というテーマで書く予定の1万2000字のエッセイなんだが、私としては、自分の介護経験もあるので、気合が入っている。 その参考文献として、兼本浩祐著 『「わたし」が死ぬということの哲学』 (ちくまプリマ―新書)という本を読んでいる。これは、とても面白い。 兼本さんは、精神医学と臨床てんかん学が専門の医師で、哲学的な知見も広く、しかも、詩人である。稀有なひとと思う。 紀元前から現代まで、不老不死は、紀元前では、秦の始皇帝などの帝王が、現代では、ピーター・ティールやイーロン・マスク、あるいは、ジェフリー・エプスタインような、大富豪がこの願望を表明し、ピーター・ティールは、若者の血を輸血することにより、若返りを図るプランを、実際に検討している。 彼らに共通するのは、自分の不老不死だけを願っている、ということで、個体の不老不死は、多細胞生物である人類は、進化の途中で、種の生存戦略と引き換えに、意図的に放棄している。 兼本さんの本を読むと、進化のプロセスは、個体の存続よりも、種の存続を確実に優先していることがわかる。 他方、個体の代替不可能性や唯一性は、人間に、AIにはない「痛み」を産み、哲学的な思考なども生んできた。 しかし、「痛み」は、たとえば、子を失った象などにもある。 象は、我が子を「唯一者」として認識している。 象の「痛み」は、哲学は生まないかもしれないが、心は作るのではないかと思われる。 その一方で、人間存在は、自然的存在か...

一日一句(5922)

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夏蝶や水火の聲の美しき