■8月3日、月曜日、曇り、朝から、涼しくて驚いた。 風がまるで避暑地の風のように冷たい。 若宮へ帰宅後、ただちに、京都へ送る本の整理。4箱作る。 一ヶ月以上も空けると、用事がかなり溜まっている。 若宮へ戻って、オクラが天を向いて生ること、そのオクラは、朝採りたては非常に甘いことを初めて知った。 ★ のぞみでは、 黒崎宏 さんの1975年の論文、 「『科学基礎論』の可能性」 と、 『圏論の道案内』 を集中的に読む。 黒崎さんは、『ウィトゲンシュタインから道元へ 私説「正法眼蔵」』や『ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説「中論」』など、仏教とヴィトゲンシュタインをテーマにした一連の著作で有名だが、これまで読んだことはなった。 この論文の結論は、「科学基礎論には、2つある。1つは、『科学の基礎づけ論』。もう1つは、『科学の基礎洞察論である』」。 「科学の基礎づけ論」は、科学の経験的基礎づけ論ではなく、科学の哲学的基礎づけ論でもなく──この2つは、論理実証主義の歴史的失敗に帰結したと述べている。 そうではなく、「科学の基礎づけ論」は、第一に、科学の理論的な基礎づけ論──それは、より基本的な科学による理論的な説明、たとえば、ニュートン古典力学のアインシュタイン相対論による説明のように──、第二に、科学の公理化──科学の個々の法則を公理によって基礎づけ、その意味で法則の体系としての科学を理論的に基礎づけると、述べている。 これらは、哲学者の仕事ではなく、科学者か、せいぜい、論理学者、数学者の仕事だと述べている。 もう一つの「科学の基礎洞察論」というのは、いわゆる、科学哲学のことであり、それは、科学の基礎的な概念や法則への洞察、科学全体の構造や、科学的説明・予測の性格、理論の受容または破棄の条件、科学の背後にある世界観や方法論、科学人間観や科学と社会の関係などの 洞察 を指している。 このとき、洞察と言ったが、そのアプローチは、黒崎さんは、ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』の中の言葉 「考えるな。見よ!」 を、イメージしている。 つまり、仮説を立てて、実験し観察し経験的にテストするような、 考える行為 ではなく、 見る行為 だという。 考えるのは哲学者の仕事ではなく、科学者の仕事だというのが、黒崎さんの主張になる。哲学者の仕事は、「事実を見、ありのままを記述し、よって...