往還日誌(397)
■3月2日、月曜日、斑雲が空を覆い青空が透けて見える曇り。
朝から、六本木の仕事。午後2時半に終了させて、ジムへ。
きょうは、あまり体調が良くなく、20分で切り上げる。有酸素運動と体幹トレーニングは省略。
夜、確定申告の領収書の整理。
歩く瞑想など。
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【ひとの死に方の研究1:ヘーゲルの場合(1770-1831)】
・ヘーゲルは 1831年11月14日、ベルリンで死去。享年、61。
・当時の公式記録では、コレラが死因とされている。当時はベルリンでコレラが流行していた。
・ヘーゲルは、ベルリン大学教授だった。
・それまで、大きな持病はなかったとされている。
・記録によれば、数日前から急に体調を崩し、激しい腹痛・嘔吐下痢、腹部痙攣、衰弱などの症状を呈し、短期間で死亡したという。
・コレラは当時、致死率が非常に高い感染症だった。抗生物質もなく、脱水に対する有効な治療も未発達だったため、発症後数日で死亡することは珍しくなかった。
・ヨーロッパ全土を覆ったパンデミックの中で、ほとんど準備のないまま急死した。
・ヘーゲルのような巨大な体系哲学者も、最後は極めて身体的な、しかも排泄の制御を失う疾患で倒れた。
※彼はこう死んだ。では私は、今日をどう生きるのか?