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往還日誌(325)

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  ■9月5日、金曜日、台風5号の雨のち曇り、ときどき晴れ。 午前中、弓の5回目。 今回も面白かった。矢には2種類あることを知った。甲矢(はや)と乙矢(おとや)である。 まだ、躰全体が力んでいて、弓が終わると、くたくたに疲れてしまう。 その後、中央図書館に行き、2冊、某全集を借りる。 現在の出版状況では、こういう全集の類は、古本で入手するか、図書館で借りるかになり、新たに、全集を出版するとすれば、オンデマンド出版になるのではないだろうか。 帰りに、買い物をして帰る。 ★ その後、シャワーを浴びて、ロミーの宿題をする。 「水の金閣」という最近書いた散文詩を英語に直す宿題である。 訳注を4つ入れた。 アヴリルに訳させた一次原稿を検討したのだが、それでも、3時間くらいかかった。 来週、スイスと結んで、Zoom Meetingをするための資料である。 ★ たまたま、荒俣宏さんのプロフィールをウィキで読んで、その天才ぶりに驚いた。 この人が、現代社会に生きていることは、それ自体、ひとつの希望だろう。 『帝都物語』は、劇場公開されたときに観たが、中身は忘れたが、面白かった記憶がある。 『帝都大戦』というのもある。続編だろう。 アマゾン・プライムで観てみたいと思った。

往還日誌(320)

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  8月9日、土曜日、長崎忌日。曇り きょうは、曇りで涼しい。28℃。 別件で調べものをしていて、大学院のときの先輩だった女性社会学者のYさんが亡くなって20年以上経っていたことを知って驚いた。 権力関係に敏感で、鋭い分析と表現のできる人だった。 慌てて、論文や書籍を調べ、古本で発注したり、論文は収集した。私の今の関心とも近く、また、トランプや参政党、高市議員などが、幅を利かせている現今、彼女の仕事――ジェンダーと権力構造など――は、見直されるべきだろうと思う。 私のことを不思議な人と言っていたことが懐かしく思い出される。社会学者に不思議がられるのは、名誉なことである。つまり、説明がつかない、ということだから。 ★ 虚子編の『新歳時記』増訂版(2007年増訂71刷)を愛用しているのだが、驚いたことに、長崎忌が登録されていない。広島忌もない。原爆忌もない。このアクチュアリティへの鈍さに唖然とした。 虚子は、1937年12月9日、「東京朝日新聞社より南京陥落の句を徴されて」と前書きがある次の句を詠んでいる。 寒紅梅馥郁として招魂社 情報統制や洗脳、朝鮮半島や大陸に対する巨大な「差別の再生産装置」が社会全体にあったことは確かだが、私が思うに、詩人や俳人という存在は、「にも関わらず直感的に事態の本質を洞察できる」能力があってしかるべきではないか、ということである。 そのために、日々、感受性を磨いているのではないのかと思う。もちろん、全体主義社会では、自分や家族の命がかかわるから、その表出の仕方やタイミングは、十分に計算される必要があるだろうけれども、南京大虐殺のさなか、これは、ないだろうなとは思う。 1937年12月11日 女を見て連れの男を見て師走 12月24日 冬麗ら花は無けれど枝垂梅 12月25日 行年や歴史の中に今我あり こうした鈍さが、この虚子編の『新歳時記』増訂版(2007年増訂71刷)にも出ているように思われてならない。 もちろん、虚子の俳句を全面否定する気はない。優れたものも多い。 ★ 日本人ファーストや、帰化人の問題、スパイ防止法などをめぐって、参政党や日本保守党、国民民主党などの主張が、一定程度、有権者に刺さっている。 その今、10年前に出された『僕たちのヒーローはみんな在日だった』(朴一著、講談社アルファ文庫、2016年)は、いろいろなことを考...

往還日誌(313)

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  ■7月5日、土曜日、晴れ。 先日、大豆を電圧鍋で煮たとき、上蓋のゴムパッキンを着けるのを忘れたまま、早朝にセットして、そのまま、眠り込み、いやに、大豆の匂いがするなと思いつつ寝入ってしまった。 起きてみると、床に水があふれており、電圧鍋のあった場所には、白く、大豆たんぱくの跡がついていた。 さて、困った。 妻にラインで聞くと、セスキパウダーで濃度の濃い水溶液を作って、これを床に噴霧して拭くといいと教えてくれた。 きょう、ようやく、これに着手。 60%くらいは落とすことができた。 使用したセスキ水溶液は、通常の3倍である。 それでも、6割くらいしか落ちない。 なかなか、手ごわい。 また、暇なときに、霧吹きで噴霧して落としていく。 大豆は、電圧鍋であらかじめ煮ておくと、きゅうりやトマト、玉葱、ブロッコリーなどとあわせて野菜サラダにすぐできるので、便利である。 ★ きのうは、午前中に、弓の第2回目。 たいへん愉しかった。 矢の「離れ」が、もっとも難しく、先生は、様々な「喩え」で、その動作を説明してくれる。 この「喩え」が、実際の動作と一体でなされるとき、具体的なイメージとなって心に残るのである。 アーチェリーと違って、弓は、腕の筋肉だけで矢を飛ばすのではなく、上半身の骨格、胸郭のバネで飛ばすので、弓と身体の一体化が深いように感じられる。 弓道は、奥が深いだけでなく、たいへん美しい。 ★ 夕方、期日前投票を済ませる。 ★ 7月5日の午前4時18分に大津波などの大災難が起きるという、たつき諒さんという女性漫画家の予知夢漫画にふりまわされた。 私ひとりなら、気にしないのだが、家族が離れているので、いろいろ、心配になる。 5月下旬の時点で、野村竜一気象庁長官まで記者会見で説明する事態になった。 「野村竜一長官は5月21日の記者会見で、『場所、時間、規模を指定して地震が起こると予知することについて、現在の科学では不可能。そのような言及は完全にデマであり、ウソです』と指摘。人々の不安を招くような情報に対して『非常に遺憾だ』と強い言葉で否定した。そして、『一般的に地震はいつ起こってもおかしくないので、常に対策は考えていただきたい』と冷静な対応を呼びかけた」(『毎日新聞』、2025年7月5日)。 しかし、野村長官のこの弁明は、ある意味で、現代の地球物理学の敗北宣言とも受け取れ...

往還日誌(311)

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  ■6月27日、曇り、晴れ間あり。 午前中、弓道の体験に参加。 まったく初めてだった。 弓道には、所作が厳格に定められており――腕の運び、指の使い方、足の開き方、矢の持ち方や弓の位置など――、それらをまず、細かく指導される。 初めての身体の動きであるから、言葉の意味するところがよく呑み込めない。 したがって、言葉に身体の動きを一致させていく作業は、言葉に身体の動きが追い付かない状況となる。 その細かい所作と形式性の中に、矢を射る、という行為が埋め込まれている。 矢を射るのが、所作の目的というよりは、矢を射ることそれ自体が所作の一つであるように思える。 最初は、矢を射るまでの所作の厳密性と形式性のため、心身が混乱し、矢を射るという原初的な行為がスムーズにできなくなり固まってしまう。 矢は放たれたが、的まで行かずに、途中で落ちてしまった。 それが2回あった。 次の順番のときには、所作の厳密性に関する言葉は、ほとんど、聞き流して、矢を射る行為に集中した。 矢は的に中ったが、今度は、矢を射る行為を意識しすぎて、 弓を放すときの「放れ」がうまくいかない。 放つ瞬間に両手(弓を持つ左手も矢を引く右手も)が上に上がってしまう。 師範が弓を押さえてくださっていたので、矢は水平に飛んだが、その押さえがなければ、矢は上方に放たれていたという。 この「放れ」ということが、弓道の一つのポイントであるように今日は思えた。 いづれにしても、瞑想を含む、心身調整を、ほぼ毎日行っている、その統合の焦点が、弓道に定まっていくような気がする。 ★ 帰りは、壬生寺に参拝。 さらに、聚楽廻の中央図書館へ行き、カードを作り、さっそく、ケインズ全集を借り出してきた。 帰りは歩いた。 帰宅すると、たいした運動量でもないのに、じわじわ疲労感が募ってきた。 身体と言語の初めての関係性に疲労したのだと思う。