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8月, 2026の投稿を表示しています

一日一句(5912)

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  夏風邪やのどの奥より青き汽車

一日一句(5911)

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虫の聲昼夜さだまる奥武蔵

京都日誌(448)

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  ■8月30日、日曜日、曇り。 朝から、洗濯、掃除、コインランドリー、身心調整。午後昼寝。 夜、堀川までインターバル・ウォーキング。 最初は、蒸し暑かったが、風が吹いて、気持ちよかった。帰りに買い物して帰る。 きのうの、細見さんの話から、大学のガバナンスは、民主主義の手続きではなく、企業経営の論理に従っていることが、はっきりしてきた。 学生の質も変化しており、リーダーに選出された人が一生懸命やっているのに、野党などは、その足を引っ張っていると認識するらしい。 小中学校の学級委員長に協力するときのような受け止めだという。 この社会においては、民主主義は、資本主義の枠内で機能するしかないので、民主主義は、必然的に、腐敗する。だから、たえざる民主主義の民主化が必要なのだが、現実の社会は、民主主義的独裁化の方へ進んでいる。その方が、市場での生き残りに有利だからだ。 京都大学の総長選挙のあり方は、ガバナンスにおける、企業経営的な独裁化の流れの中にあるとも言える。 こうしたときに、長いものに巻かれるか、長いものに抵抗するか、は、今後、大学ガバナンスの問題に限らず、切実な問題になってくるだろうと思う。 妻から、生野菜に蒸大豆をトッピングしたものを食べるように言われているので、レトルトのジャワカレーと、味噌汁と、このサラダを作って食べた。 夜、遅れているニコの仕事を行う。

京都日誌(447)

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  ■8月24日、土曜日、曇り。 午前中、身心調整。 その後、京都大学大学院の細見和之教授の 講演会 へ。 きょうの講演は、「近代と過剰なるもの」というテーマで、フランクフルト学派の第一世代、特に、アドルノとホルクハイマーの哲学の展開において重要で、一見、異質な三人──マルクス(剰余価値論)、ニーチェ(力への意志)、フロイト(リビード)の理論に、近代における過剰なるものを見て、フランクフルト学派から、今、何を学べるか?という問題意識に貫かれたものだった。 細見教授が強調していたことの一つは、マルクス(唯物史観に基づいてブルジョア思想を徹底批判)とフロイト(人間の夢や無意識を探求したブルジョア的な思想家)という、当時においては、水と油のように、異質な思想家と見られていた二人を、フランクフルト学派が、統合した点であった。 強権的な支配者に大衆が嬉々として従う問題の解明には、家庭におけるイデオロギー形成メカニズムを解明する必要があり、そのためには、フロイトの精神分析が必須だった、という。 ニーチェのフランクフルト学派への統合に於いても、ニーチェは、社会主義思想を弱者のルサンチマンに基づく「奴隷道徳」と批判し、人間の個性や卓越性が奪われた画一化された社会への批判──これらは、アドルノとホルクハイマーが亡命していた合衆国にもあてはまると考えた。 私が特に、面白かったのは、このマルクス・フロイト・ニーチェの 近代の過剰なるもの を、ジョルジュ・バタイユが、『呪われた部分』(1949)で、将来的に展開可能な形で提出している、という議論だった。 バタイユの唱えた 「普遍経済学」 は、生産と蓄積ではなく、消費と蕩尽に焦点を当てた試みであり、第一次大戦と第二次大戦は、この過剰なものの最悪の蕩尽形態だとする。 バタイユの議論においては、 人類史における過剰なるもの を根底で支えているのは、 太陽エネルギーである 。 要するに、バタイユの思想は、「生命=太陽エネルギーを内部に蓄える仕組み、地球で生じた生命体は降り注ぐ太陽エネルギーを糧として進化を遂げ、さまざまな動植物として発展してゆき、ついには人類が生じた、私たち自身が太陽のエネルギーの保存形式」ということになる。 過剰なるものの太陽エネルギー根源論 は、興味深いものであるが、バタイユ自身は、こう述べている。 「生命の最も普遍的な...

一日一句(5910)

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  みんみんの聲遠くなる真昼時

一日一句(5909)

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  ろんらんと歯根の疼く銀河かな

社会操作の一般理論に向けて(第5回)『おきな草』第60号

社会操作の一般理論に向けて(第5回) Toward a General Theory of Social Manipulation 尾内達也 In all affairs it’s a healthy thing now and then to hang a question mark on the things you have long taken for granted. あらゆる事柄において、長きにわたって自明と思われてきた事柄に、折に触れて、疑問符をつけることは健全なことである。 バートランド・ラッセル 8. 構造操作(structural manipulation) 8.1 構造操作(structural manipulation)の定義と分析方針   本連載の第3回において、構造操作に具体的に言及した。本稿では、改めて、この構造操作とは何かを考え、その定義を提示し、今後の分析方針を立ててみたい。  構造操作とは、何らかの社会的構造体を作り上げることで、人々を、特定の同一ベクトルを持った行動に駆り立てることを意味する。  この場合、この行動は、民主主義にとって良くない、と言う含意がある。  ここで、私が、構造操作として考えている具体的な事例は、たとえば、天皇制や靖国神社、日米安保条約であり、マーケットであり、米国のドル本位制であり──いぶかしく思う人もいると思うが、代議制民主主義制度、端的に言えば、多数決による意思決定システムであり、現在も不可視的に国内外で持続している植民地体制である。  ヤーコプ・フォン・ユクスキュル (※注1)は、 動物の本能 というミステリアスで万能の概念の代わりに、 自然の設計(Naturplan) という考え方を導入している。自然にあらかじめ書き込まれた設計図に、動物は従い、ここに逸脱や拒否はないという考え方である。  ユクスキュルは、こう述べている。すこし長いが、重要なので以下に引用する。  「主体の目的と自然の設計とを対比してみると、だれも正しい扱いができずにいる本能の問題を切り抜けることができる。  ドングリはカシワの木になるのに本能を必要としているだろうか。一群の骨形成細胞は、骨を作るために本能的に働いているだろうか。  もしそんなことはないと否定して、本能の代わりに自然の設計というも...

若宮日誌(446)

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  ■8月27日、木曜日、曇り。午後、激しい雨。 秋雨前線の北側に位置する関東は、 北東寄りの空気が入り、雲・雨で日射も抑えられたため、夕方から夜にかけて、気温がかなり下がった。 きょうは、朝から仕事。 就寝中のクーラーによる冷えで、めずらしく、夏風邪をひく。 夜、松本大洋の『ZERO』を読む。 昔、一度読んだ記憶があるが、2度目も楽しく読めた。 この人の絵は、様式性が強く、味がある。どこか、切り絵のような雰囲気もある。 ただ、個人的に不満なのは、リアリティに乏しい点。 そういうコミックとして読めばいいのだが… 『ちいかわ』 というのが、人気らしい。 あえて、説明はしない。 というか、シュールすぎて説明できない。 映画 も公開されている。 このアニメには、社会風刺もあるという向きもある。 ★ 8月6日付の 『ニューヨーク・タイムズ』 が、人工知能を使って新しい種類のウイルスを作り出すことに、科学者たちが初めて成功した、と報じている。 「8月6日に科学誌 『Science』 に掲載された新たな研究は、ウイルス遺伝子を複製するという段階をはるかに超えている。 スタンフォード大学と、カリフォルニア州パロアルトにある研究機関アーク研究所の科学者たちは、自然界に存在するDNA構造のパターンを認識し、そのデータを使ってまったく新しいウイルスの『レシピ』を書くよう、AIを訓練した。 研究者たちは、そのレシピに従ってDNA分子を作製し、それを細菌の中に挿入した。すると、改変された細菌は、自然界ではこれまで見つかったことのないウイルスを作り出した。それらのウイルスは別の細菌に感染することができ、それによって生存可能であることが実証されれた」。 「この新たな研究は、人工知能によって、致死性の毒物から阻止不能なパンデミックに至るまで、新世代の生物兵器を作り出せるようになるのではないかという、強まりつつある懸念に拍車をかけている。 今回の研究には参加していないジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの研究員、モーリッツ・ハンケ博士は、科学が急速に先へ進む一方で、致死性ウイルスの作製を阻止できるような安全策を整備することについて、政府や科学機関の対応は遅れていると述べた。 『そこには、とてつもなく大きな隔たりがあります』と彼は述べた」。 今後、パンデミックが起きた場合、AIを使って...

一日一句(5908)

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  とりどりの薬を拡げ夜の秋

若宮日誌(445)

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  ■8月26日、水曜日、朝曇り、のち晴れ間。 午前中、上日出谷のN歯科医院へ。府立医大への紹介状をもらってくる。 午後、さいたま新都心へ。妻に頼まれた買い物と、ヨドバシカメラでマウスとキーボードを新調する。ポイントで安く入手。 帰宅後、京都へ送る本の箱詰めと手配。 きのうの墓参は、39℃のほぼ酷暑予想が出ており、実家へ行くだけとした。 ルカーチの原稿、第26回終了。 今回は、マルクスと同様に、人間中心主義的なところがある(裏を返せば、マルクスもルカーチも、自然的存在の議論が弱い)ルカーチの社会基礎理論を、ユクスキュルで補正する議論を行った。 『老化と記憶について』の校了。 老化や記憶、痛みに関するテーマは、今後も追求する予定。 夜は、隣の北本市で、今から5000年前から3500年前まで、1500年続いた縄文集落 「デーノタメ遺跡」 について、教育委員会が編纂した本を読む。 たいへん、興味深い。ルカーチの労働論との関連で、道具の個所をまず読む。 縄文土器は重く毀れやすい。 深鉢形の土器の機能は、モノを煮炊きすることだが、この大きくて重い、しかも毀れやすい土器は、頻繁な移動生活には向かない。 縄文人の定住化と、この土器の性状が関連している。 逆に、定住化が進み、こうした大きな土器を制作する条件が整ったとも言える。 要するに、生活の様式と土器の性状には、相互関係がある。 私が興味深いと感じたのは、この土器の毀れやすい点である。 つまり、取り扱いに注意が必要となる。 それは、縄文人の繊細さとその文化レベルの高さを表している。 乱暴な文化であれば、こうした土器は使用できない。 縄文人たちは、かなり繊細なところのある人たちだった、という印象を持った。 縄文集落「デーノタメ遺跡」は、一度行ってみたい。

一日一句(5907)

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  夏草は千年のちのひかりかな

一日一句(5906)

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  墓ひとつ仕舞ふ話や秋の風

一日一句(5905)

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  秋ひとつ白樂茶碗を動かざる

一日一句(5904)

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  光悦の茶碗の黒に涼味あり

若宮日誌(444)

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  ■8月22日、土曜日、ひつじ雲の曇り 朝5時に、左上奥歯の歯痛で目が覚める。 ノーシンを服用して治まり、ふたたび眠ることができた。 この痛みは、これまでのものと次元が異なり、食事中に激痛が走り、昼食も夕食も、よくわからなかった。 京都の歯科医院からは、抗生剤とロキソニンが出ているが、それを服用しても、一時的に痛みは消えるのみで、朝5時に起きてしまうほど痛みは続く。 妻が見つけてきてくれた日大松戸歯学部出身の若い歯科医が最近開業した上日出谷の医院へ、朝一番で予約して、午前中に出かける。 レントゲンを口腔全体と患部の部分で撮り、医師の説明を受けた。 彼の原因仮説は、3つだった。 第一に、一番奥の左上の奥歯がないので、その手前の奥歯に過重な負荷がかかり、痛みが出ている説。第二に、レントゲンには写らない割れが左奥歯に出来ており、そこから細菌感染している説。そして、第三は、これには驚いたのだが、左の副鼻腔に膿が溜まっており──これはレントゲンにはっきり写っていた──、これが左上奥歯のすぐ上に存在する。この蓄膿症の膿と歯の痛みが関連している説である。 この3つから原因を絞り込むために、医師は左上奥歯を順に叩いていった。3番目に違和感と若干の痛みがあると伝えると、第一の仮説と第二の仮説よりも、第三の可能性が高いと診断した。 顔面や言葉による私の痛みの表現が、歯科医レベルでの痛みの表現には到達していないことが、その根拠だった。 食事中は、激痛なのだが、歯科医が叩いたときの痛みは、たしかに、そこまでではなかった。歯が直接痛みの原因になっているのであれば、叩いたときの痛みの表現が、異なるはずだという判断だろう。 京都の医師は、レントゲンに基づき、歯根膜が炎症を起こしているという判断だったが、炎症は確かに認められるものの、痛みとの関連は明確ではない、というのが、上日出谷の医師の判断だった。 原因を明確化することが、今朝の受診の目的だったが、左副鼻腔に膿が溜まっていることが判明し、それが歯痛の原因であろうとなかろうと、治療の必要が出てきた。 さらに、きょうは、上日出谷氏の診断から、右奥歯が割れており、そこから細菌がかなり入っており、骨が溶けていることが新たに判明した。抜歯するしかないという。抜歯した後は、入れ歯か、インプラントになるが、骨が溶けていれば、それも難しくなる。 私は...

一日一句(5903)

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  風鈴の音にいろ変へ銀河かな

一日一句(5902)

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  はら減つて雲新米に見えてくる

京都日誌(443)

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  ■8月20日、木曜日、積乱雲ある晴れ。夕方の6時半から8時頃まで激しい夕立。 午前中、掃除、洗濯、身心調整。午後から、六本木の仕事。 ★ 7月29日に、アンソニー・ファウチNIAID(国立アレルギー感染症研究所)元所長が、 上院国土安全保障・政府問題委員会の公聴会 に召喚されて以降、いろいろなことが表に出てきている。また、この問題は、様々なことを考えさせる。 ざっくり、言うと、 この問題は、新型コロナウイルスの起源を明確化しようとする政治勢力と、それをあいまいなままに押しとどめようとする政治勢力の戦いの場を構成している。 明確化しようとしているのは、共和党側で、中でも、ケンタッキー州選出のランド・ポール上院議員が中心となっている。 あいまい化しようとする政治勢力は、アンソニー・ファウチ元所長と、そのバックの民主党側、特に、バイデン前大統領を中心とした政治勢力である。 なぜ、あいまい化しようとするのか、と言えば、ファウチ氏の刑事責任を問うことで、 米国(特に民主党)のコロナウイルス生成への関与が明らかになる可能性を封じたい からである。 それは、米国の国際的な責任問題、巨額賠償問題につながる。 このあいまい化のための究極の手段が、バイデン前大統領が退任直前の2025年1月20日にファウチ元所長へ与えた 予防的恩赦 である。 これは、ファウチ元所長を刑事訴追から防御するように見えながら、 その恩赦の本質は、米国の国家賠償責任をあいまい化すること だった。 この恩赦状は、ファウチ元所長が、2014年1月1日から恩赦日の2025年1月20日までに犯した可能性のある連邦犯罪のうち、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長、ホワイトハウスの新型コロナ対策組織、または大統領首席医療顧問としての勤務に「起因し、または何らかの形で関連する」ものを、全面的かつ無条件に赦免したものである。 では、逆に、ランド・ポール上院議員やトランプ大統領を筆頭にした共和党の目的はなにか。 そもそも、ランド・ポール議員やトランプ大統領など、共和党が、この問題を明確化しようしているのは、ひとつの社会条件が存在するからである。 それは、2014年に、この武漢ウイルス学研究所に、ニューヨークのエコヘルス・アライアンスを経由して資金提供したときの政権が、民主党のオバマ政権で、それを決裁したのが...