京都日誌(448)
■8月30日、日曜日、曇り。
朝から、洗濯、掃除、コインランドリー、身心調整。午後昼寝。
夜、堀川までインターバル・ウォーキング。
最初は、蒸し暑かったが、風が吹いて、気持ちよかった。帰りに買い物して帰る。
きのうの、細見さんの話から、大学のガバナンスは、民主主義の手続きではなく、企業経営の論理に従っていることが、はっきりしてきた。
学生の質も変化しており、リーダーに選出された人が一生懸命やっているのに、野党などは、その足を引っ張っていると認識するらしい。
小中学校の学級委員長に協力するときのような受け止めだという。
この社会においては、民主主義は、資本主義の枠内で機能するしかないので、民主主義は、必然的に、腐敗する。だから、たえざる民主主義の民主化が必要なのだが、現実の社会は、民主主義的独裁化の方へ進んでいる。その方が、市場での生き残りに有利だからだ。
京都大学の総長選挙のあり方は、ガバナンスにおける、企業経営的な独裁化の流れの中にあるとも言える。
こうしたときに、長いものに巻かれるか、長いものに抵抗するか、は、今後、大学ガバナンスの問題に限らず、切実な問題になってくるだろうと思う。
妻から、生野菜に蒸大豆をトッピングしたものを食べるように言われているので、レトルトのジャワカレーと、味噌汁と、このサラダを作って食べた。
夜、遅れているニコの仕事を行う。