投稿

ラベル(在日朝鮮人)が付いた投稿を表示しています

京都日誌(490)

イメージ
  Painting by Romie Lie ■11月3日、火曜日、晴れ。 朝、洗濯機を3回回す。その間、心身・身心調整。コインランドリーで乾燥させる。 朝食後、愛車のブランシュ──多忙で、ほとんど乗れていない──に空気を入れに行く。 21世紀研究会で、10月にフィールド・ワークに行った神武天皇陵について、レポート執筆。かなり時間を要した。 欧州が大変なことになっているので、ベルンのロミーにメールする。ぜんぜん、問題ないとのことだった。周りは、ぜんぶ、牧草地だった。 欧州の大規模デモと暴動・略奪は、高校生・大学生の教育環境改善の要求という層と、それを利用したブラック・ブロックと言われる極左あるいはウルトラ左翼(政党を否定する政治勢力)──彼らは、たとえば、リモージュのあるオート=ヴィエンヌ県などに、武装訓練場を持っており、そう大人数ではないが、ドイツ人(そもそも、ブラック・ブロックの発祥はドイツ)やオランダ人も訓練を受けて、パリの暴動に参加している──により、ショーウインドーやリモージュ市庁舎などの破壊活動を行う層。それに加えて、郊外在住で、いわば、欧州社会から疎外され機会を奪われたイスラム系移民(アフリカ系モスリムも)の2世、3世による商店街の商品略奪という、基本的に3層構造からなっている。 フランス場合、マクロン大統領の所属する中道勢力が、来年4月の大統領選挙にぼろ負けが決まっているので、つまり、決選投票には進めないので、パリ警視庁も情報局もブラック・ブロックのメンバー全員の住所氏名を把握しているにも関わらず、逮捕せず放置している。 あるいは、警官がブラック・ブロックの格好をして、破壊活動を行っていると仮説を述べる人もいる。騒動を大きくした方が、憲法第16条で深刻な危機の際、大統領が全権を掌握できる可能性が出てくるからだ。 ドイツでは、フランスよりも、パレスチナ連帯デモが、「なぜ今ここで」という形で問題化している印象がある。ドイツは、イスラエルに対して批判的なトルコ系が多いので、そうなるのだろう。 友人の作家、黄英治さんより、宮沢さんの『他者の声を聴く』の金時鐘論を読むよう、アドバイスをいただく。「金時鐘先生との対峙・格闘の始発点に」とのことだった。 金時鐘という詩人は、日本語やそれを支える日本の社会構造と、日本語表現を通じて格闘してきた詩人というイメ...

京都日誌(467)

イメージ
  ■9月27日、日曜日、曇り、午後、秋雨。 終日、仕事。 3つ重なって、なかなか、険しい日々に。 9月の諸問題を解決して、気分良く、10月へ移りたい。 友人の作家、 黄英治 さんに紹介いただいた本が2冊到着。 宮沢剛著 『他者の声を聴く』 と、目取真俊著 『地を這う声のために』 。 この頃、 植民地他者の聲を聴くこと が、 社会操作の呪縛を解く上で有効な手段 になると、はっきり気づいた。 今までも、うすうすはわかっていたのだが、自分で 一般社会操作論 を考えるようになって、その確信は、より強くなった。 社会操作は、個人には社会化されており、社会には制度化されることで実装化されている。 一番やっかいなのは、それが、 情動と強い結びつきがある 、ということである。 我々は普通に生きているだけで、セイレーンの聲にすでに絡めとられているのである。 社会操作は、それなしでは、社会、あるいは国家は成立しない、という意味で、現存の社会や現存の国家の再生産に必須の条件となっている。 この意味で、社会操作を問題にするということは、現存とは異なる、 よりよい社会 を問題にするということであり、それは、とりもなおさず、 民衆の歴史への参画を問題にする ということなのである。 最近、グラムシを読んでいて、こんな風に考えるようになった。 田畑さんは、グラムシの研究者は、ルカーチほどではないが、激減していると述べている。 私は、これを聴いて、グラムシの重要性を確信した。 学会のポスト市場で人気のない人ほど、重要だからである。 宮沢さんは、『他者の聲を聴く』の「はじめに」でこう書いている。 「戦後の日本政府は、独立(1952)と同時に、旧植民地出身者から国籍を剥奪し、日本国民=日本民族=日本人という同質性を強調した国民像を構築した。 いわば<同>の範囲を一気に収縮させたのだが、これは、旧植民地出身者の 不可視化あるいは例外化 をもたらし、”日本国民は日本人だけ(日本民族)だけ”という同質な国民像と、”この社会に暮らしているのは日本人だけ”という均質な社会像を、この国に暮らす人々の多くに内面化させる契機となった。 その結果、社会生活の隅々まで日本人であることが当然視される状況が生じ、在日朝鮮人にとっては同化(日本人化)の圧力となっただろう」(同書、p.5)。 近代のnation-stat...

京都日誌(459)

イメージ
  ■9月15日、火曜日、曇り、夜、激しい雨。 午前中、身心調整、洗濯、コインランドリー、掃除。 季報『唯物論研究』176号 が届く。 大阪労働学校・アソシエ の9月講座にいくつか申し込む。無料。 宗教哲学と都市社会学の講座。 身心調整のフェイズ1~4を行う。 きょうは、よく眠れたので、気分が良かった。 午後から、仕事関係の作業。 夜、サイモン・シンの『暗号解読』を読む。 ★ 在日朝鮮人学研究者で、 猪飼野セッパラム文庫 スタッフの宋実成(ソン・シルソン)さんの雑誌『ソンジャーナル』が、9月号で、1946年、朝鮮人密航者収容所で、朝鮮人300人が餓死した事件を報じている。 これは、日本の敗戦前後の1944年から1946年に、帰鮮した朝鮮人達が、ふたたび、日本へ渡り、それを密航者として逮捕し、福岡県鐘ヶ崎(鐘ヶ崎村)収容所(合計12名死亡)や長崎県佐世保(針尾)収容所(合計265名死亡)などに収容し、一日握り飯1つの食糧しか与えないことで、餓死させた事件である。 再渡日し「密航」で逮捕された朝鮮人の数は、1946年7月~9月で、佐賀県2748名、長崎県、902名、福岡県3496名で、合計7136名に上った。 再渡日した朝鮮人が多かったのは、帰国先の南朝鮮(現、韓国)が、安心して暮らせる社会状況ではなかったためである。 ・日本の総力戦政策による物価高騰 ・植民地支配を担った親日派朝鮮人が反共親米派に転向して君臨 ・反共政策を優先させた米軍政は社会の安定に失敗し、街中ではテロと労働争議が頻発 ・米価高騰を見越した買い占めで食糧危機が勃発 ・東アジアからの引揚者とともにこれらが流入・蔓延 ・1946年9月には、南朝鮮鉄道ストで鉄道が運休 ・1946年10月には、植民地支配生産と人民政権樹立を求めて大邱ほか各地で「10月抗争」が発生し内乱状態に ・これが、1948年の「済州4.3事件」につながる 収容所環境改善を要望する朝鮮人連盟に対して、米軍佐世保第34部隊のパーキング少佐は、こう回答している。 1.正当な理由ある者は出来る限り即時釈放したい 2.食糧配給を増やすことはできない 3.毛布については余裕があれば配給する 4.逃亡の恐れがあるため収容所内での運動はさせられない 5.日本警察の非人道的破棄外については、調査の後、事実であれば厳罰に処する (1946年12月...