京都日誌(464)
■9月23日、水曜日、曇り。
掃除のあと、身心調整をして、仕事をしようと思ったら、J:COMのシステム障害でネットに繋がらず、仕方がないので、今出川を東へ散歩に出た。
久しぶりに、御所を歩き、乾御門から入り、石薬師御門へ抜けて、清和御門の方へ南下。
梨木神社へ向かった。
途中、梨木神社の向かいの御所側の石垣に沿って、咲き乱れた紅い萩が何株も枝垂れているのに気が付いた(写真)。
萩の花は好きで、毎年、梨木神社に見に来ているが、この石垣の萩は、きょう初めて気が付いた。
今週末が、「萩まつり」ということで、まだ、梨木神社の萩は、満開ではなく6分咲きといったところだった。
白萩なども綺麗に咲いていた。
毎年、萩の枝に吊るされた俳句の短冊を見て、私も書きたいと思っていたが、どこに言って、書いたらいいのか、判らずにいた。
なにげなく、でっち羊羹を買ったとき、窓口にいた女性にその旨を話したら、あっさり、奥から何種類もの短冊を出してきてくれた。
短冊を1つ選び、そこからが大変であった。
俳句は、速い時には、1秒くらいで出てくるが、「俳句の推敲は一生」と言われるほど、実は奥が深い。
きょうは、一句なるのに、12、3分はかかったろうか。
大まかなイメージは、歩きながらすでにあっても、これである。
なんとか、書いて、一番奥のだれも吊るしていない枝にかけて、その写真をラインで妻に送ってから、受付に戻って、女性にも見せたところ、「いいところにかけましたね」と言ってくれた。
たしかに、そこは、梨木神社の秘所と言える場所なのである。
帰宅後、仕事に専念。今週末には、インタビュー部分を終わらせて、「訳者あとがき」に専念したい。
トランプ政権によるUAPの第6回リリースやNAZAについて、書きたいこともあるのだが、長くなるので、またの機会に。