京都日誌(451)

 






■9月4日、金曜日、秋雨。

午前中、所用で銀行へ。

偶然、出町のミスドーで写真家の甲斐さんと会う。

帰りに、イズミヤで三輪素麺を買う。

午後、『IDEE』183号を5氏に送る。

結構、時間がかかった。

今回は、ルカーチの人間中心主義をユクスキュルで補正し、レーニン以降、評判の悪い反映論だが、ルカーチの反映論を、認識論的反映論目的論的反映論の2つの契機に分けて論じた。

認識論的反映論には、個人の水準と社会の水準があり、社会的な水準では、表現論とリンクできることが見えてきた。

その後、靖国神社の分析のために、メモをいくつか作成。

基本的なアイディアは、社会操作プロセスとしての靖国を分析するというもの。

この議論の前提として、国家をどう考えるか、天皇制をどう考えるか、という問題は避けられない。

今のところ、近代国家を政治学的レベルで、民族国家として捉え、経済学的レベルで、国家利権村として捉え、この2つの側面のダイナミズムで国家の運動を捉えるアイディアを持っている。

夜、仕事関係のYouTubeを2本視聴、その後、ニコの仕事へ入る。

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