京都日誌(452)
■9月5日、土曜日、積雲ある晴れ。
午前中、身心調整。午後、ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を検討。
古田徹也さんのわかりやすい解説に助けられる。
『論理哲学論考』の基本的なアイディアは、写像理論で、これは言語が、世界の中の事態─成立していないこと(=虚構)も、成立していること(=事実)も含む──を、模型として反映しているという理論になる。
前期ヴィトゲンシュタインの議論は、きれいな反映論になっている。この反映論は、そのまま、命題論という表現論であり、世界と人間を媒介するメディア論となっている。
ヴィトゲンシュタインの写像理論は、私の類型で言うと、認識論的反映論のみを扱っており、目的論的反映論が欠落している。
このため、この写像理論はスタティックで受動的な性格を強く持っている。
人間は、世界の所与の事態を言語で写像するだけでなく、事態の望ましいあり方を言語において、先行的に反映し実現しながら生活している。
つまり、所与の事態を受動的に、認識論的に言語に反映するだけでなく、言語への反映を利用して、新しい事態を絶えず創り出している面がある。
この点への思索が、前期ヴィトゲンシュタインは弱い。
後期ヴィトゲンシュタインとの断絶性なども見ながら、前期をもう少し、古田さんの解説などを通じて検討してみたい。
夜、味噌煮込み雑炊を作り、ニコの仕事を行う。