森澄雄の俳句6

さくらの夜童女ひとりで湯をつかふ(山姥 昭和44年)


・この句を一読したとき、広い湯殿で童女がひとり湯を使う音が聞こえてきた。
・繰り返し、読んでいると、怖くなってくる。この童女は何者なのだろう?
・身体は童女だが、精神は老女のような、そんな童女がこちらを向いて笑う。この童女は、櫻と共鳴しているように思える。
・さくらの花も花自体は、櫻の時期には記憶がまだ残る梅の花と比較すると、若々しくかわいい感じがする。しかし、樹は古木であったりする。
・しかも、この句は、「さくらの夜」なのである。つまり、花が咲いているのは、夜であり、同時に、複数のさくらの木の花であることを示している。
・森閑とした湯殿で、さくらの化身である童女が湯を使う。その湯の音も、その童女も、その一瞬だけのものであり、その後は、ふたたび、さくらの夜に戻る。

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