往還日誌(348)
■11月1日、土曜日。朝曇り、徐々に晴れてきた。
きのう、今日と、8日に恵比寿で発表を行うためのPPTを作成。
なかなか、難航している。
T-N-S Theoryにユクスキュルの環世界、主体、機能環の概念を取り入れ、多元的な時空論として展開することをめざしている。
人間中心主義のセオリーは、理論内在的に差別性と存在階層性を含み、そのセオリーが前提する人間は、白人のキリスト教徒、またはそれに自己同化した西欧出店の非西欧人になる。
カントやヘーゲル、マルクスにも、人間が系統発生の最終段階にいて、その人間とはヨーロッパ人であるという、この傾向は強くある。ハーバーマスに至っては、幼少期のヒットラー・ユーゲントが、そのままの形で、熱烈なシオニズム支持になっている。
こういうセオリーの差別性と存在階層性を止揚するには、ユクスキュルの理論が有効だと思っている。ただし、T-N-S Theoryは、人間存在と動物の間には連続性と断続性があるとの立場を取る。人間と動物が同一とは、「理論的」に考えない。非同一性の同一性となる。
その要が、労働過程である物質代謝と、人間と人間の間で、物財を配分・移動させる活動、つまり、社会的物質代謝の「あり方」の、動物との質的な違いだ。
T-N-S Theoryでは、マルクスの「社会的物質代謝」の概念を、制度や象徴、記憶、意味作用、イデオロギーなども含め、社会学的な方向にさらに拡張し、一般社会操作論とリンクさせる。
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面白い例に、3I/ATLASにまつわる話がある。
仮に、よく言われているように、3I/ATLASが自然物由来ではないとすると、地球外知的生命体の「環世界」が、人間のそれとそっくりでないと、3I/ATLASの飛行運動――黄道を飛行するなど――を、合理的に説明できない。
そのエイリアンには、地球の哺乳類の三半規管に準じた器官がなければ、宇宙空間を三次元で認識できす、まったく別の時空を生きている可能性もある。宇宙船の形態は、我々の想像外の可能性もある。
2つの「環世界」に交通可能性がどの程度あるのか、という議論が、ハーバード大学のアヴィ・ローブ博士を始め、関係者にはまったく欠けている。もちろん、2つの「環世界」が極めて近く、生きている時空が似通っている可能性もあるが、無前提に、我々の経験している時空と同じ時空を彼らも経験していると考える根拠は、さほどないように思う。
アヴィ・ローブ博士らの調査活動は、物理学の知識の「主観主義的」で、かつ、「客体主義的」な特徴がよく出たものと思える。
ただし、宇宙船を建造するほどの知的な文明をもつには、人類と共通の条件を持っているとも言える。それは、自然との間に、労働過程という物質代謝が存在し、エイリアン同士の間には、社会的物質代謝が存在するということである。
もし、これがないと、エイリアンの環世界=機能環は閉じられたままで、文明の飛躍的は展開はありえない。ミツバチやダニのような、人間と時空が異なる生物は、人類と同じ意味での労働過程を持たない。だから、ミツバチは宇宙船を建造しない。
もちろん、人類のような労働過程を生物が持つことには、両義性があるのは言うまでもない。
それが、マルクスの言う、資本主義、特に新自由主義によって、自然と人間との物質代謝、人間と人間との社会的物質代謝が、断裂(metabolic rift)を引き起こすことだろう。