森澄雄の俳句 2
梨食うて顔吹き分くる秋の風 『踊子』(昭和43年)
ラフランスを始めて食べたときの衝撃は忘れがたい。これが梨なのか? 林檎にかなり近い。というよりも、ラフランスによって、梨と林檎のカテゴリーが、私の中で混乱した瞬間だった。
梨と林檎は截然と分かれている。澄雄の掲句の梨は、この梨である。梨には、秋の風が合う。林檎には、天高き秋の空が合う。このふたつの果物は出自が違う。
この句は、秋の風ごと梨を食うている。秋の風は、梨の、舌に残らない甘さとなり、それは林檎の甘酸っぱさとは違う余韻を生んでいる。
そして、この句は、季重ねになっている。季重ねの場合、2つの季語が、その効果を相殺するか、どちらかが、季語の役目を果たし、他方が普通の言葉として働くか。
この句は、梨も秋の風も、言葉が動かない。ふたつとも、季語として働いているように思える。それでいて、相殺していない。むしろ相乗している。そんな感想を持った。