往還日誌(357)
■11月29日、土曜日、雲のある晴れ。
午前中、ジムへ。Nさんに、チェストプレスとアブドミナルクランチの使い方を教えてもらう。アブドミナルは、腰に来るので、チェストプレスのみ練習。
マットで、腕立て伏せと瞑想を試みる。
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午後、ケインズ学会にZoomで参加。
英国において、戦後直前から戦後の期間の再建時期には、社会主義者が大学でも、政府の委員会でも指導的な立場にいて、報告書を書いている。
きょうは、G.D.H.コールという社会主義者(1889-1959)を知った。
当時の労働党を上から産業統制を志向する党として終始批判していた。コールは、労働者のモチベーションを重視し、また、職業訓練を重視し、1人で、3つか4つの職業につけることを理想としたという。
社会主義への方向性として、最初に基幹産業の国有化、次に中小企業の国有化という二段階方式を考えていたようである。
現在の英国の状況を見ると、G.D.H.コールのような、オックスフォード出身で、民主的ギルド社会主義を出発点とする社会主義者が、国家の委員会の重要な位置にいて、発言力があるということはありえないと思う。
G.D.H.コールが行った「ナフィールド社会再建調査」には、全国規模の社会調査 と 戦後再建問題についての「非公開討論会」(メディアを入れないPrivate Conference)があった。
後者には、政治家は右も左も入れ、バンカーや企業家、組合指導者も入れ、経済学者も入れて、委員会を構成することが、当時の英国の民主主義の特徴だったようだが、こういう多彩な人々を結集し、まとめあげて、報告書にまとめ、再建政策を立案する閣僚に「指針」を与えた(1941~45 年)。
ただ、経済学者は、全てケインジアンで、ハイエクも、知識社会学のマンハイムなども入っていない。
コールは、ケインズ経済学を社会主義へ向かう「一過性のもの」、「資本主義を擁護するもの」と捉えていた。
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夜は、ルカーチの翻訳に専念。
アリストテレスをルカーチがドイツ語に訳した箇所で、難航して、全く進まなかった。
日本語にならない。
明日、仕切り直し。
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京都生協の組合員になる。
卵、牛乳、食パン、ウィンナーのクーポンをもらう。
大豆200グラムを、明日電圧鍋で煮るために水に漬けた。