森澄雄の俳句 3
桑は樹に老いばらばらと山の雨 『踊子』(昭和43年)
この句の助詞の使い方は普通とは違う。通常なら、「桑の樹は老いばらばらと山の雨」ではないだろうか。
「桑は樹に老い」とは一体何か? 謎であるが、助詞「に」は、この場合、ふたつの可能性がある。桑と対面して樹を対置している「に」。この場合は、桑と樹は別存在だ。もうひとつは、桑が老いて樹に生成したという変化の「に」である。この場合、桑はひとつの存在の樹への変化となる。
「暗号解読」として、面白いのは、断然、後者である。
「山の雨」が出てくるため、この桑は、桑畑の桑とは考えにくい。たいてい、桑畑は平野部にある。山間部にあってもおかしくないが、この桑のUmwelt=環世界は、あくまで、山なのである。
つまり、養蚕業としての人間の労働の対象である桑畑の桑ではなく、山間部に自生した一本の野桑なのである。
この野桑が老いて樹になった。
これは、人間が桑であると他の植物から区別するその特徴が、老いて意味をなさなくなった。つまり、人間対桑の、その関係性が消滅した。そして桑は樹になったのである。
そして、純粋自然界へ戻った。そこには、桑にとってのUmwelt=環世界しかなく、人間は、桑を見ているが、人間には、その世界はわからない。
そのとき、山の雨がばらばら音をたてて降ってきたのである。
この風景は、前-人間世界、あるいは後-人間世界なのである。
この句は、そうした自然的存在の深い時間を感じさせるのである。