■1月10日、土曜日、快晴。気持ちよく晴れた。団地の大規模修繕3日目。
ユクスキュルの出身国であるエストニアのタルトゥ大学のカヴェリ・クル教授が、現在、ユクスキュル研究と、ユクスキュルの問題意識を発展させたバイオセミオティクス研究の中心人物であることがわかった。
ユクスキュルは、南方熊楠(1867-1941)と同時代人で、熊楠の生態学的認識や自然観とユクスキュルに共通するものがあるという研究もある。
たとえば、南山大学宗教文化研究所の佐藤麻貴氏は、こんな指摘をしている。
「具体的に熊楠は、人間によって理解される世界とは異なる、対象そのものの側から見られた『世界』が存在すると想定している。この議論は、一見すると、物質と精神が相互に影響し合うとするデカルト的二元論に近いようにも聞こえる。しかし熊楠の主張は、対象に対する人間の認識を超えた『世界』に言及している点で、それとは異なっている。(中略)
「『華厳経』の読解から、南方熊楠は、大日如来(マハーヴァイローチャナ)において『世界/界(kai)』という概念が成り立っていると考えた。熊楠のこの『世界/界』の考え方は、生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864–1944)が展開した『環世界(Umwelt)理論』によく似ている。
『環世界理論』は、さまざまな生物がどのように自らの世界を感知しているかについての研究を基礎として発展したものである。言い換えれば、ユクスキュルの試みは、研究対象である生物が構成する『環境(環世界)』に注目することによって、主観と客観の二分法を克服しようとするものであった。
客観的時間(時計時間)と主観的時間との差異については、心理学や行動科学の研究者の間ではよく知られている。さらに近年の量子力学では、異なる時間概念をどのように説明しうるか、また複数の時間概念がどのように科学的・論理的に説明可能かについての研究が進められている」。
たいへん、興味深い。
南方熊楠は、時間論・空間論、そして、科学基礎論としても重要な仕事をしているらしことがわかってきた。
夕方、30分、ジム。隣の吉野家で、ねぎ塩カルビ丼。
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タイトルが、「抗議活動が続くなか、イラン最高指導者が治安機関を最高警戒態勢に」というのであるが、副題は、「革命防衛隊に対し、軍や警察での離反を懸念して、街頭の掌握に乗り出すよう命令が出された」で、記事は、今にも体制が転覆するような感じで書いてある。
「アヤトラ・アリ・ハメネイ師は、正規軍や警察で離反が起きることへの懸念から、弾圧の主導権をイスラム革命防衛隊(IRGC)に握らせるよう命じた。
報道によれば、治安当局はデモ参加者への発砲を拒否した警察官の摘発に乗り出しているという。ノルウェーに拠点を置く人権団体ヘンガウは、抗議者への発砲命令を拒否した複数の治安部隊員がイスラム共和国当局により逮捕されたと報告した。
イラン当局者は、同国はいま、昨年のイスラエルとの戦争時よりも高い警戒水準にあり、対外的な脅威に備えるため、地下の『ミサイル都市』も稼働状態に入ったと述べている。
金曜夜には、英国のキア・スターマー首相が、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相と共同声明を発表し、市民の殺害を非難した」。
この大規模デモは、イラン通貨のリアルの暴落が引き金になって、テヘランのバザール(銀座のような名店街)で最初に起きた。
放送大学の高橋和夫名誉教授は、昨年5月次点で、1ドル=80万リアルだったものが、現在、1ドル=140万リアルに暴落していると述べている。
これは、ベネズエラと同じ状況である。
輸入インフレで、商人は商売ができない、市民は生活ができない。
高橋名誉教授は、面白いことを言っている。バザールの商人と宗教指導者は、伝統的に、婚姻関係を通じて、同盟関係にあるというのである。
1979年のイラン革命のときも、バザールは宗教界を支持して、今の体制が出来たという。
盤石な体制の基盤でデモが起きたという意味で、これまでとは、少し様相が異なる。
ただし、高橋名誉教授は、治安部門は、政権側が独占しており、イスラエル側自身も、すぐにイランの体制が倒れるとは期待していない、と述べている。
イスラエルは、今年、選挙の年になるので、ふたたび、イランを攻撃して、選挙のポイントを稼ぐことを、ネタニヤフ首相が考えるかもしれないとも高橋名誉教授は述べている。
これ以外にも、イランとイスラエルに関して、複数のシミュレーションを、高橋名誉教授は語っており、参考になる。
西側メディアと西側政府は、悪いのは、ハメネイの非民主的な統治だというニュアンスで、繰り返し報じ論じている。
トランプ大統領に至っては、ガザで7万以上も市民が殺されているのに、米軍介入の「か」の字も言わないどころか、その虐殺に米国の民間警備会社が協力してきたのに、イランのデモで、市民が殺されたら、米軍をただちに出動させると息巻いている。
10日付の『テレグラフ』が、低劣な社会操作になっているのは、イランのリアル暴落の原因論がすっぽり抜けているからだ。
この原因論は、第一次トランプ政権が、2018年5月にイラン核合意(JCPOA)から、一方的に脱退した後の2018年8月6日に経済制裁を課し、さらに第二次トランプ政権が、2025年2月4日にも、上から目線の経済制裁を課してきたことを抜きには議論できない。
2019年4月4日に、第一次トランプ政権が行った、イラン体制への「最大限の圧力」作戦を米国務省が説明している。
具体的な制裁プログラムは、 米財務省(OFAC)制裁プログラムの公式ページに詳しい。
2018年に始まり、2019年に完成したトランプ政権の対イラン制裁内容は、次のようになっている。2025年の経済政策は、これを基本的に継続している。
1) 石油・エネルギー制裁
・イラン産原油・石油製品の輸出を原則禁止。
・2019年に購入国向けの例外(免除)を全面終了し、主要輸出先の取引を遮断。
・結果:外貨収入の急減、リアル通貨暴落とインフレを招いた。
2) 金融・銀行制裁
・中央銀行(CBI)や主要商業銀行を制裁対象に指定。
・ドル決済の遮断、国際送金網(SWIFT)からの排除圧力。
・結果:輸出入決済や資金調達が困難化。
3) 二次制裁(域外適用)
・第三国の企業・金融機関も、イランと取引すれば米国市場から排除。
・欧州・アジア企業が撤退を余儀なくされ、対イラン取引が萎縮。
4) 産業・資源分野
・自動車、金属(鉄鋼・アルミ・銅)など主要産業を網羅。
・民需産業にも波及し、雇用と生産に打撃。
5) 個人・組織指定
・革命防衛隊(IRGC)を外国テロ組織(FTO)に指定(国家機関としては異例)。
・司令官・関連企業・仲介ネットワークを個別指定。
6) 人道分野の“例外”と実態
・医薬品・食料は名目上は例外。
・ただし金融制裁の副作用(過剰遵守)で決済が滞り、実務上の輸入が難航。
これも、ベネズエラに対するのと同じように、米国によるイランという国家に対する経済攻撃と言える。目的は、明らかに、イランの弱体化である。
特に、二次制裁があるので、米国だけでなく、欧州や日本の企業も、即時、撤退せざるを得なくなる。
こうしたイランへの経済攻撃は、米国自身のために行っているのではなく──2001年のジョージ・W・ブッシュ政権から顕著になってきた──米国の事実上の支配者、イスラエルのために行っていると観るのが、現実に即している。
イラク解体の次は、イランというわけである。
この意味で、米国が正気に戻るためには、ジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学名誉教授や、ゾーラン・マブダニ・ニューヨーク市長、バーニー・サンダーズ上院議員、AOC下院議員のような、政治家が、増えていくことだろう。
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ゾーラン・マブダニ・ニューヨーク新市長誕生のイスラエル側の受け止めが、面白い。
ギデオン・レヴィ記者を擁するリベラルで政権批判的な『ハアレツ』は、2025年10月26日に「論説|マブダニに対するイスラエル・メディアの反応――『反ユダヤ主義者』という戯画」というオピニオン記事を出している。
副題が、「ニューヨーク市長に選出された社会主義者ゾーラン・マブダニは、イスラエルにとって危険な存在ではない。彼が危険なのは、イスラエルが自らに語り続けてきた“嘘”に対してである」となっていて、さすがと言わざるを得ない。
『ハアレツ』は、イスラエルの新聞という基本的な限界線が、ときに露呈するものの、ユダヤ人の誇る知性が脈々と存在するのも確かである。
「彼(マブダニ新市長)は、もし首相がニューヨークに降り立てば、ベンヤミン・ネタニヤフの逮捕を命じる(米国はICCの締約国ではないため、実現がきわめて難しい公約)と言ったとも伝えられている。で、それが何か悪いことなのだろうか?
それはイスラエル国民の大半にとって『夢』のような話ではないか。
だからこそ、政治的中道派が好んで言うように、『分断ではなく、共通点に目を向けよう』
マブダニが成功した市長になるかどうかは、時が示すだろう。だが確かなのは、彼がこの街で長らく見られなかったほど、希望に満ちた選挙運動を展開したということだ」。
この記事を書いたヨアナ・ゴーネン記者は、まだ若い。
こんな本当のことを言ってしまって、大丈夫なのかと少し心配になる。
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そのゾーラン・マブダニ新市長をめぐるインタビューの第4回である。 ダニエル・デンバー(左派ジャーナリスト/ポッドキャスター)「民主党との関係における政治的独立性の問題はどうでしょうか? また、候補者に対する政治的な力や規律という点については?」
ネイサン・ガスドルフ(財政政策研究所のエグゼクティブ・ディレクター)「テクノクラート的な立場から、少し問いそのものに異議を唱えさせてもらうとすると、仮にゾーランが就任して、『副市長や各局のコミッショナーを全員DSAのメンバーにしたい』と考えたとしても、私の理解では、文字どおりそれは不可能です。
名簿の詳細は知りませんが、そうしたポストに就ける人材はごく限られており、一般にDSAのメンバーではないと考えられています。私はよく、人々は高位の役職に就くために必要な専門性や経験を過大評価すべきではないと言っていますが、それでもやはり、一定の経験や能力は必要です。
私には、むしろ逆の状況に見えます。つまり、この政治的勝利は、ある意味で、政治組織が統治の要求に対応できる能力をはるかに先行してしまった、ということです。そこで問題になるのは、そのギャップにどう追いつくのか、という点です。
動員の政治という側面は確かにありますが、それは内部の能力を構築し、行政を担う人材集団をどう育てるかという課題と切り離せません。これは政策の問題でもありますが、少し性格が異なります。実際に統治の骨格を形づくり、こうした目標に奉仕する形でキャリアを築く覚悟のある人々の問題なのです。
スーマシー・クマール(NY州テナント・ブロックマネージング・ディレクター)「私は、民主党とDSAの文脈において、830万人を代表する責任という点から話したいと思います。ある意味で、これは新しい話ではありません。
公職に就いている私たちの社会主義者は皆、DSAのメンバーではない人々も代表していますし、多様な政治的立場を持つ人々が暮らす選挙区を代表しています。それでも私たちは、彼らをDSAと共有するプロジェクトの中で組織することができてきました。
それができたのは、私たちが『誰もが望むこと』のために闘っているからです。労働者階級の人々が望み、必要としていることのために闘っているからです。そして、有権者や市に住む人々に実際に成果を届けることができている。
それこそがここで最も重要な点ですし、単に現状にとどまるのではなく、成果を出し、立法し、統治することを通じて、さらに多くの人々を私たちの政治へと引き寄せていく方法なのです。私たちは今いる地点に安住してはなりません。
DSAはこの1年で大きく成長しましたが、さらに成長し続ける必要があります。ゾーランに投票した100万人の人々に手を伸ばし、『これがこのプロジェクトだ。あなたもその一員になるべきだ。DSAに参加し、政治組織に関わってほしい』と伝えなければなりません。
全員を獲得できるわけではありませんが、これまで私たちは、組織化や統治の関係を通じて、多くの人々を引き込むことができてきました。これからは、さらに厳密に取り組み、今後4年から8年のあいだに、ある程度の大衆的組織化の水準に到達することを本気で目指さなければならないのです」
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以下は、リビー・レンキンスキーというNYCのユダヤ系アメリカ人が、昨年11月1日に、ユダヤ系の独立メディア『フォアワード』に寄稿したオピニオン記事である。
レンキンスキーさんは、マブダニ市長に投票している。
「最近の世論調査では、ユダヤ系ニューヨーカーの43%がマブダニを支持する意向を示し、44歳未満ではその割合が67%に達したという。この数字は、あの夜に私が感じたものが例外ではないことを示している。世代交代だ。若いユダヤ人――そして私のようなイスラエル人――は、パレスチナ人との連帯を脅威ではなく、責務として捉え始めている。
右派のイスラエル政府やメディアが信じ込ませようとすることとは裏腹に、平等を信じる私たち――ユダヤ人、イスラエル人――は、イスラエルに批判的だという理由でゾーラン・マブダニから危険にさらされているわけではない。
私たちを危険にさらしているのは、正義は脅威であり、共感は裏切りであり、連帯は幼稚だと信じ込ませようとする『恐怖の機械』なのだ。
だから率直に問おう。ゾーラン・マブダニの何が、そんなに恐ろしいのか。
彼が、イスラエルによるパレスチナ人への扱いを非難していることか。
彼が、ガザの大惨事を、公然と、ためらいなく悼んだことか。
彼が、米国のユダヤ人の安全を、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフへの無条件の支持と同一視することを拒んだことか。
正義で平等な国であるためにイスラエルのために闘い続ける覚悟を持つイスラエル系アメリカ人として、私にはそれは恐怖ではない。希望だ。
カハニスト(極右のユダヤ至上主義的ナショナリズムを支持する人々。メイア・カハネ(Meir Kahane)の思想と運動に由来する)や腐敗した戦争犯罪者にフリーパスを与えない市長や公的指導者がいることは、私たちにとって、良いことだ。それは私たち自身の闘いでもある。
最近の市長討論会で、マブダニはこう語った。
『人種や宗教に基づく序列の体系をもって存在するいかなる国家の“存在する権利”も、私は認めません』。
この発言は反イスラエルではない。民主主義に賛成するものだ。イスラモフォビアと反ユダヤ主義の双方に反対する、同じ道徳的羅針盤から生まれている。
マブダニは反イスラエルでも反ユダヤでもない。彼は正義の側に立っている。誰かの安全が、他の誰かの犠牲の上に成り立つべきではないと信じるニューヨーカーだ。彼の選挙運動は、反ヘイト犯罪対策の大幅な拡充を公約している――私たちの安全を軽視するどころか、その正反対だ」。
こういう人たちが、マブダニ市長を支えている。
ここに、本来のアメリカン・リベラルの希望があるのではないか。