往還日誌(374)

 







■1月9日、金曜日、快晴。

朝8時半より、大規模修繕の足場組立作業が始まる。二日目。

南のベランダにあった、枝ぶりが大きく育った沈丁花やプランターの蔓性植物などの鉢を5つを、私の部屋にスペースを作って収納した。北のベランダの鉢2つも入れたので、部屋が植物だらけになった。


ベネズエラは、1999年のボリバル革命以降、ウゴ・チャベス大統領も、それを継承したマドゥロ大統領も、1959年のキューバ革命の理念を継承し、それを基礎として国家建設を行ってきた。

キューバ革命の理念を理論化したのは、スペイン移民の両親を持つ、詩人・作家・革命家のホセ・マルティ(1853-1895)である。

この意味で、キューバは、ベネズエラを、革命理念を共有する姉妹国と見ている。

ホセ・マルティの思想は、(ラテン)アメリカ主義・反植民地主義・反帝国主義・反覇権主義・共和主義などで特徴づけられる。

マルティは、19世紀後半にキューバのスペイン独立戦争を戦ったひとだが、スペインからの独立後の南米地域が直面する諸問題を、主に米国の帝国主義による、経済膨張と軍事膨張だと予見していた。

このマルティの思想を革命理念として、ボルバル革命も継承している。

問題は、このボルバル革命が、マルティの革命理念とは真逆の、「現実形態」──社会的不平等、独裁的・権威主義的政治体制、国内における植民地主義、異様なインフレによる生活苦、汚職、麻薬の蔓延など──を取るようになったのは、なぜか? ということだろう。

この点を、ベネズエラ一国の閉じた問題――つまり、チャベスやマドゥロの「統治の失敗」として、テーマ化してきたのが、西側大手メディアと言える。

ホセ・マルティが見抜いていたように、ここに、米帝国およびそれを中心とした国際秩序──IMFなどの国際金融秩序を含む──による干渉の中で、この問題を、──クーデター未遂などの──具体的な歴史的事件に即して考えないと、正確な認識には至らない。

ここでの問題は、帝国側に抑圧された革命政府が、キューバなど一握りのケースを除けば、その危機の問題解決として、帝国を極端な形で模倣することで、社会の再生産を図るということがある。

たとえば、権威主義的な政体は、この危機への即時的な対応と観ることもできる。

他方で、帝国は、米国にせよ、EUにせよ、あるいはロシアにしても、自らを自らで根拠づけることができない。ここが、社会的存在の自然的存在と決定的に異なる点である。

このため、帝国は支配可能な従属的な他者(共存する対等な他者ではない)を原理的に必要とする。

この原理的な根拠を持たず、そのため原理的に低位の他者を必要とする、帝国の論理から、帝国が絶えず、仮想敵国を作り出し、危機を作り出し、CIAなどの諜報機関が恒常的な工作を行っていると見ることができる。

帝国が出現すると、日本や欧州のように主権を放棄して衛星国・属国として、社会を再生産する(もちろん、現実が示すように、それでも、帝国に切り捨てられ、あるいは、内部崩壊するリスクは残る)か、朝鮮やベネズエラ(キューバ)のように、主権を確保する代わりに、帝国側からの経済制裁に常時、遭遇しながら、一部の特権階級だけが潤い、政治的・経済的に国民を苦しめることになるか、という2択になる。

革命は、植民地体制下で、経済的にも政治的にも、もともと苦しんでいた国家が、その生死を賭けて、行うものであるが、革命の結果、その結果だけ見れば、革命はしない方が良かった、というパラドックスも生じる。

帝国の帝国性を制限する実効力ある制度装置を、どのように作り出し、どのように国際秩序に実装するか、ということが最重要のように私は思う。

帝国の帝国性は、それが社会的存在の原理的な理由に基づく以上、皆無にはできないからだ。

ベネズエラの事件を、米国の国際法違反の「侵略」「国家元首の拉致}「政権転覆」だから悪いという表面的な見方だけでは、ロシアは、国際違反のウクライナへの「侵略」だから、力による現状変更だから、悪いのだという表面的な見方と同じことになる。

それなら、なぜ、ロシアを批判して、米国については、日本も欧州も批判しないのか、黙っているのか、という議論が当然出てくる。

こうした皮相的な見方は、実は、大きな社会操作の一部を構成するものなのである。


マブダニNYC新市長をめぐるインタビューの第3回

ダニエル・デンバー(左派ジャーナリスト/ポッドキャスター)「アッカーマンのモデルは、私としては最良のものだと思いますが、それでも『実際の政党を持たないこと』から生じるすべての問題を解決するわけではありません。

一方では、プロジェクトの大きな部分が民主党を変革する、あるいは事実上乗っ取ることにある以上、NYC-DSAはいかにして政治的独立性を保つのか、という問題があります。

他方では、ゾーランのような当選者が、DSAという組織から自立した形で、非常に大きな権力と知名度を持ってしまう現実に、党のような組織としてのNYC-DSAはどう向き合うのか、という問題もあります」

スミヤ・アワド(ライター・オーガナイザー)「本当に複雑です。一方で、ゾーランが当選できたのは、明らかにニューヨーク市DSAの力が大きかった。これは疑いありません。同時に決定的だったのは、NYC-DSAが中心となって引き込んだ、あるいは独自に加わってきた、非常に多くの他の力——労働組合やさまざまな地域団体・コミュニティ組織など——が重要な役割を果たしたという点です。そのリストは本当に長い。

私たちが今後これらすべてとどう関わっていくかは、こうした多様な団体を含む連合を引き続き拡大し、私たちが選挙で掲げたアジェンダ、そして長期的なビジョンの双方に向けて、共に取り組めるかどうかにかかっています。

ニューヨーク市DSAにとっては明確です。目的は、社会主義の力を築き、アメリカ合衆国に社会主義政党を築くことです。他の組織は、異なる目標を持っていますが、重なり合う部分は多く、私たちの目標に向かって進めるところまでは一緒に進める。そこに来たい人は誰でも歓迎し、参加しやすくする、という姿勢です。

民主党との関係についての問いは、おそらく今後も問い続けなければならないでしょうし、その答えは時間とともに変わるかもしれません。2016年にセス・アッカーマンがあの記事を書いた頃から比べても、少し状況は変わっています。トランプに投票した選挙区の約30%が、その後ゾーランにも投票したこと、民主党指導部がゾーランを支持したり、ほとんど言及したりしなかったのが選挙の最終局面まで続いたこと……。

都市を運営することの困難さは、いくら強調してもしすぎることはありません。それにもかかわらず、ゾーランが当選して数週間後、トランプは『会ってみたい』と言い、ゾーランは実際にその会談に応じました。

私が言いたいのは、私たちのやり方が、『手頃な価格(アフォーダビリティ)』という言葉を軸にしている点です。これは、民主党支持者だけでなく、現時点では共和党候補に投票する人々にも届く言葉であり、労働者階級の人々にとって本当に重要な問題に触れている。

結果として、今の選挙サイクルで立候補している多くの民主党員が、支持基盤に合わせるために何をすべきか、その考え方自体を変えつつあります。

将来的には、これが民主党の変革につながるかもしれないし、私たち自身の政党を持つことになるかもしれません。最終目標が何になるかについては、柔軟である必要があります。ただ、その道の途中で、生活費の問題に関する具体的な成果を積み重ね、それに伴うすべての成果を得ていくこと、そして外交政策での成果も軽視すべきではないと思います。

ガザで起きているジェノサイドについて、『ニューヨーク市の税金を使わせない(Not on our Dime)』という運動について、DSAは多くの点で、当選した議員たちを通じて先頭に立ってきました。確かに、完全に勝利したわけではありませんが、ニューヨーク市の政治空間そのものを大きく変えてきたのは事実です。

ゾーランは、BDS(ボイコット・投資撤退・制裁)をブラックリスト化したことで有名なアンドリュー・クオモを相手にしながら、公然とBDS支持を掲げて勝利しました。

このように、私たちは民主党を実際に変革している、あるいは変革し始めているのです。問題は、どうすれば、より多くの人に私たちの政治、そして社会主義が何を意味するのかを理解してもらえるのか、という点です。最初は政党を通じてそれを行う必要があるでしょう。そして、その変革が最終的にどのような形を取るのか、という問いが残るのです」




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