往還日誌(393)
【感情操作論】
・これは、2026年1月18日時点の論考で、衆議院選挙(2026年2月8日)以前のものです。今読み返すと、衆議院選挙を通過してはっきりと見えてきた、高市政権の特徴──老人男性社会の閉塞状況への反発としての、圧倒的なジェンダー支持要素が議論されていないことや、感情操作論の中核にあるべき宗教論が論じられていないなど、不備はありますが、ひとつの参考として。
社会操作の一般理論に向けて(第4回)
Toward a General Theory of Social Manipulation
長尾雅人『「維摩経」を読む』p.159
7. 感情操作(affective manipulation)
7.1 感情操作(affective
manipulation)の定義と5つの位相
今回、構造操作の続きとして、「国家と追悼」というテーマで、「靖国神社」の分析を行う予定だったが、その前に、社会操作の類型として、「情報操作」と「構造操作」に加えて、新たに第三のカテゴリーとして、「感情操作」(affective
manipulation)を、議論すべきだと思い至った。
そのきっかけは、やはり、参政党の神谷宗幣代表だった。
感情操作は、日本の参政党や英国のリフォームUK、フランスの国民連合、ドイツのAfDなどの極右ポピュリズム政党が行う選挙戦略が、その典型としてあげられる。
感情操作(affective manipulation)は、恐怖・怒り・罪悪感・共感、怒り・陶酔・被害感情などの感情を意図的に操作し、判断や行動を一定の方向へ──多くの場合、特定集団の権力の維持・拡大の方向へ誘導することと、さしあたり、定義できる。
情報操作と構造操作が、情報・知識や社会制度など、我々の<外なる対象>を操作するのに対して、「感情操作」は、我々の<内なる対象>である感情・情動を操作する。
たとえば、国家安全保障や生活にとって重要な土地を買い占められ、外国人に国家を乗っ取られるのではないかといった不安感につけこんだり、大量の移民で欧州のように治安が乱れると煽ったり、ロンドンやNYCのように、日本文化がなくなるのではないか、といった危機感を扇動することが、その典型である。
それとペアで強調されるのが、天皇を中心にしたナショナル・アイデンティティであり、明治に作られた「日本の伝統」への「回帰」である。
理性ではなく感情に訴え情動を興奮させることで、操作主体に権力を集中させるのが、感情操作である。
感情操作は、民主主義という政治形態と不可分に結びついている。言い換えれば、それは、主に言語の使い方と結びついている。そして、それは、言語に限らず、視覚なども含めた、コミュニケーション全般と深い結びつきがある。
コミュニケーションには、情報の伝達だけではなく、映画や音楽、絵画、文学のように、感情に訴える芸術も存在する。映画や音楽、絵画、文学の中には、権力や暴力に仕えるものも、これまでもあったし、今もあるが、その逆に、自由や愛に仕える芸術もある。
このように、社会操作には、一般に、罪のない社会操作と罪深い社会操作がある。むしろ、社会操作は、社会の再生産にとって必要なものである。この命題は、後に、社会操作論を一般社会理論へ組み込むときに、再び取り上げる。
罪深い感情操作とは、個々人の自由を縮小させ、その替わりに、社会全体の暴力性を増大させる。これは、民主主義から生まれるが、民主主義そのものをそこなうものである。
感情操作をemotional manipulationではなく、affective manipulationとした理由は、第一に、emotion(感情の内容)ではなく affect(情動状態)を操作対象にしていることを明示できるからである。
第二に、これによって、感情を固定的に意味づけする以前の揺れも射程に収めることができる。
第三に、感情が生成される社会的空間も問題にする視点が開かれる。感情操作(affective manipulation)と社会的空間の関係については、別の機会に議論したい。
さらに第四に、affective manipulationは、個人の心理状態に閉じることなく、社会的・制度的な操作の議論とのリンクも可能となる。
そして、第五に、affective manipulationは、感情を動かすことで、他者に影響を与えるという、affectの他動詞の側面を、言葉として保持できる。
以上を感情操作(affective manipulation)の5つの位相として規定できる。
7.2 感情操作(affective manipulation)と戦争
この感情操作は、その罪深さが頂点に達するのが、戦争の形成に使われたときである。
たとえば、ヒットラー(1889-1945)について、1943年、ハーヴァード大学の精神分析学者、ウォルター・C・ランガー(1899-1981)は、CIAの前身、戦略情報局(OSS)において、極秘文書『アドルフ・ヒトラーの精神(The Mind of
Adolf Hitler)』を執筆した。
その中でランガーは、ヒトラーのプロパガンダ手法を次のように列挙している1。
1. 大衆を決して冷めさせないこと
常に扇動状態を維持し、感情を高ぶらせ続け、理性的な熟考が入り込む余地を与えない。
2. 決して過ちや不正を認めないこと
いかなる誤りの認知も、「無謬性(誤りなき存在)」というイメージを損なうからである。
3. 敵にいかなる善も認めないこと
敵は救いようのない絶対悪として描かれ、肯定的要素は一切排除される。
4. 代替案の余地を残さないこと
進むべき道はただ一つしかないかのように提示し、それが不可避であるかのように見せる。
5. 敵を一度に一つに集中させること
非難を複数の対象に分散させてはならない。
6. 失敗は他者のせいにすること
事態がうまくいかない場合でも、自ら責任を引き受けてはならない。
7. 「巨大な嘘(ビッグ・ライ)」の原理
人々は小さな嘘よりも、途方もなく大きな嘘のほうを信じやすい。なぜなら、そこまで大胆な歪曲が意図的に行われるとは、想像できないからである。
8. 絶え間ない反復
主張を何度も繰り返せば、それはやがて真実として受け入れられる。
ナチス政権(1933-1945)や東条英機政権(1941-1944)は、一回限りの歴史的事象であるから、同一のファシズム体制が反復されることはない。
しかし、2013年7月29日、麻生太郎副総理(当時)は、東京都内での講演で、日本国憲法改正の進め方に触れて、次のように述べている。
「ワイマール憲法が、いつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気づかなかった。あの手口に学んだらどうかね。ワーワー騒がないで、みんないい憲法と納得して、あの憲法変わっているからね」2(傍点は筆者)。
このように、統治権力が、ヒトラーのプロパガンダ手法を学ぶことは可能であり、実際、このプロパガンダ手法の多くが、統治手法として学ばれて、日本や米国など、世界の多くの地域で実践されている。
7.3 高市政権の感情操作(affective manipulation)
その典型例の一つは、高市総理の台湾を巡る「存立危機事態」発言の後の、対応である。ヒトラーのプロパガンダ手法の2、「決して過ちや不正を認めないこと」を踏襲している。
その結果、中国からの訪日客が急減し、野村総研の推計では、年間 約2.2兆円(142億ドル)の損失が生じる3。そればかりか、中国のレアアース──中国のレアアース生産には、人権侵害や環境破壊などの問題がある。それを承知で西側諸国は、中国のレアアースに依存してきた──の日本への輸出に制限がかけられ始めている。今後、スマホやパソコン、EV産業などに深刻なダメージが出るのは確実である。
まだ総理個人の支持率が高く、『TM特別報告』4が明らかになったことによる統一教会問題の再燃や自身の政治資金問題が再浮上する前に、衆議院解散に打って出ようというのが、高市総理のこの問題に対する問題解決である。
解散によって、国民民主党と公明党が提出した、強力な政治資金規正法案や、維新の会と連立合意した衆議院定数削減法案が廃案になる。社会保障の国民会議の設置やそこでの議論も遅れる。そして、なによりも新年度予算案の年度内の成立も困難となる。
これは、いわば解散権独裁と言ってもいいような、自己都合解散であり、その負の影響はすべて国民が負担する。
民主主義の諸制度の中に、総理の解散権──これは、憲法上に明確な規定はない。憲法第7条「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。三 衆議院を解散すること。」の、内閣を総理大臣と解釈してきた政治慣行による──のような、独裁的権力の要素があるために、社会システム全体に混乱を招き、混乱のコストは、統治者ではなく国民が負うことになる。そして、この混乱は、ヒトラーのプロパガンダ手法の学習と無関係ではないのである。
さらに、高市総理個人の支持率が高い理由も、この政権による感情操作(affective manipulation)が、かなり機能していると言える。
『FNN』が、12月20日と21日の2日間、実施した世論調査(RDD 固定・携帯電話調査、全国18歳以上の男女1021人が回答)5では、高市内閣を「支持する」と答えた人の割合は75.9%(10月は75.4%、11月は75.2%)で、内閣発足後、最も高かった。
高市内閣を「支持する」と答えた人に最も評価する取り組みを尋ねたところ、「物価高対策など経済対策」が40.2%で最多となり、次に多かったのは「外交や安全保障」(22.9%)で、三番目が、「外国人政策」(11.7%)だったのである。
SNSでは、次のような意見が数多くみられる。
「日本と中国の戦いが衆議院選」「自民党でも親中媚中の議員は落選してくれ!
日本には要らん!」「合せて支持率10%未満の中国下請け政党(立憲民主党と公明党の結党した中道改革連合のこと)が政権!? 笑わせます」「立憲と公明が合わさっても何も出来ない親中政党はつぶすべき」「自民党は今までの自民党すべてを公認するのかなぁ?
媚中派はしなければいいのに、内部ではもうわかっているのでは?」
ここに現れた意見は、中国を敵国として見なし、中国と友好関係をもつ政治家を、親中派・媚中派と敵視している。これらが、支持理由の「外交や安全保障」(22.9%)や外国人政策(11.7%)に反映されていると見ることができるだろう。
こうした意見の持ち主たちは、高市総理のヒトラーのプロパガンダの「決して過ちや不正を認めないこと」を守って、決して自身の非を認めず、中国に謝罪しない姿勢を高く評価しているのは、間違いないのである。
そして、そうした頑なな態度が、対中国において、有権者の中に、敵対感情を煽ることにつながっている。
結果的に、高市総理は「決して過ちや不正を認めないこと」という1つの態度だけで、有権者の中に、「敵(中国)にいかなる善も認めないこと」「代替案の余地を残さないこと」「敵を一度に一つ(中国)に集中させること」「失敗は他者(中国)のせいにすること」「絶え間ない反復(対立的言説の)」を実現してしまっているのである。
これらは総体として、感情操作(affective manipulation)と言えるものである。
しかし、これまで、分析してきたように、実際の高市総理の第一目的は、喫緊の対策が求められる「物価高対策など経済対策」ではなく、「外交や安全保障」でもなく、「外国人政策」でもなく、自らの政権維持なのである。
それは、この局面で、諸々の問題が噴出する直前の解散という行動で、わかる。
この感情操作(affective manipulation)の手法は、天皇制国家への回帰や「伝統」回帰を伴う安倍政権からも継承したものでもあるが、安倍政権よりも、はるかに強く、中国敵視の空気を生み出してしまっている。
高市早苗総理は、1月23日の通常国会の冒頭で衆議院を解散すると言われている。ついこの間の12月17日の総理記者会見で、次ように、はっきりと解散を否定していたのにも関わらず、である。
「(前略)就任以来申し上げておりますが、政治の安定なくして力強い経済政策も、また、力強い外交・安全保障も推進していくことはできないと考えております。
その上で、令和8年度の税制改正や当初予算の取りまとめなど、目の前でやらなければいけないことが山ほど控えておりますので、解散については考えている暇がございません」6。
このように、感情操作(affective manipulation)を行う主体は、必然的に嘘つきとなる。
7.4 感情操作(affective manipulation)の再定式化
参政党の神谷宗幣代表は、衆議院の解散を踏まえて、13日配信のユーチューブ番組7で、次のように発言している。
「次期衆院選で候補者を最低50人擁立し、獲得議席については、順当に行けば20前後。30~40を目指す。それくらい行かないと国の方向性に影響を与えられない」。
「小選挙区で自民党候補者と戦うことになった場合、積極財政か、LGBT法案に賛成かで判断し、参政党に近い自民党候補者の選挙区には、参政党の候補者は立てない」と述べている。
また、「自民党だから、立憲だからじゃなくて、この候補者は、国益に叶わないから、やめてもらった方がいいという候補者の小選挙区に、参政党から候補者を立てる」とも述べている。
その国益というのは、要するに、参政党の政策のことである。
「例えば、我々だったら、外国人政策は厳しいわけです。なのに、もっと外国人入れて、多文化共生、やりましょうみたいな自民党の議員もいるわけです。そこには、参政党の候補者を立てるというとこです」。
神谷代表の強みは、「平等イデオロギー」や「反差別」といった理念ではなく、大衆の「感情」―─国家が乗っ取られるのではないかといった不安感や、日本人の帰属意識、天皇を中心にしたナショナル・アイデンティティなど──に、直接訴えるところにある。
感情は、理性よりもはるかに強い。
それだけではない。
神谷代表は、高市総理にも故安倍晋三総理にも、他の保守の政治家にもない特徴がある。
それは、有権者の主体を再編し、有権者を神谷氏や参政党に自己同一化させる社会的な技術である。
これが、感情操作(affective
manipulation)のめざす形態なのである。
したがって、7.1で定義した感情操作(affective manipulation)は、その対象の主体を再編し自己同一化させる社会的技術であると、ここで再定式化できる。
神谷氏は、さまざまな情動に訴えると同時に、参政党や神谷氏が、この5年間、1から手作りで政党を作り上げてきた「神話」を繰り返し語る。
その間の激しい主導権争いや内部対立、神谷氏自身のパワハラ問題、党員からの批判などは、この美しい神話の前に、周縁部へと追いやられてしまう。
この結果、手作りだという参政党と聴衆との社会的距離が非常に近くなり、自己同一化の必要条件を作り出すのである。
自己同一化は、神谷氏の演説技術にかなり依存している。演説では、次の4段階を経て、聴衆は神谷氏との自己同一化へと至る。
第1段階で、情動を共有し、不安・怒り・違和感が「自分だけではない」と感じさせる。
第2段階で、敵の名指しが起きる。不安や危機感、焦燥感などの情動の原因が「中国」「外国人」「リベラル」「既存政治」として、可視化される。
第3段階で、こうした情動の代弁者として、自らが現れる。
第4段階で、この代弁者との自己同一化が起きる。
このとき、「私は彼を支持している」から、「私は彼が語る〈我々〉の一員である」へと転換する。
この瞬間、政治的選択が、人格的帰属に変質するのである。
これを感情操作(affective
manipulation)として行う能力のある点が、この政治家のもっとも危険なところである。
命令されて従うのではなく、操作されているという自覚もなく、むしろ「自分の意志だ」と信じる再編された主体を作り出す。神谷氏に自己同一化した主体にとって、神谷氏に従わないことは、自己否定となるのである。
この主体再編と自己同一化は、民主主義制度から生まれてくるが、支配が内面化されるため、民主主義の空洞化が起こる。これは、統治コストがゼロの支配形態である。
このとき、支持者への反証は「意見」を訂正する材料にはならない。「事実提示」は攻撃となり、「批判」は結束を強め、「異論」は敵の証拠だとされてしまう。
この結果、感情操作(affective manipulation)は、その最も成功した形態においては、自己免疫機構を備えた主体を生み出すことになるのである。
(第5回)に続く。
1 Langer, W. C. (1972). The
mind of Adolf Hitler: The secret wartime report. Basic
Books.
2 国際政治にも国政にも参加する資格なし(しんぶん赤旗、2013年8月2日)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-08-02/2013080201_01_1.html
3 Drop in Chinese tourists following travel
warning could cost Japan $14.2B a year(VNEXPRESS、2025年11月19日)
https://e.vnexpress.net/news/travel/drop-in-chinese-tourists-following-travel-warning-could-cost-japan-14-2b-a-year-4968575.html
4 【独自】「安倍首相、選挙支援に非常に喜んだ」旧統一教会、内部報告文書で言及(ハンギョレ新聞、2025年12月29日)
https://japan.hani.co.kr/arti/politics/55079.html
5 高市内閣発足2カ月支持率75.9%依然高い水準 中国への政府の対応「評価」59.6%【FNN世論調査】
https://youtu.be/1iyijJR2We4
6 高市内閣総理大臣記者会見(首相官邸、20265年12月17日)
https://www.kantei.go.jp/jp/104/statement/2025/1217kaiken.html
7 【緊急対談】反町理×神谷宗幣「高市総理は守る、だが自民は潰す」リベラル議員への“刺客”戦略を激白(世界を読み解く視点、2026年1月13日)
https://youtu.be/iC3fuNAUQHo
『おきな草』59号