往還日誌(387)






■2月14日、土曜日、バレンタインの日、薄く掃いたような雲のある晴れ。

朝8時起床、風呂とトイレを、きのう購入した道具で掃除。白湯を淹れて句作。

その後、バナナを食べて、金閣寺のジムで、30分。

帰宅後、プロテイン、蕎麦を茹でて山芋を摺り下ろして食す。海苔餅2個。深蒸茶2杯。

きのうから、時間管理のために、Pomodoro timerを使用。

六本木の仕事が、週に3日となり、それ以外を、ワイフワークに充てているので、生活も忙しいので、時間を区切った方が効率よく仕事ができると考えたのだが、きのう、きょうと、上手くいっている。

午後から、ルカーチに専念。訳注が、また長くなってしまっているが、内容理解のための自分のためのノートのような役割もある。

ルカーチの「Konstellation(布置)」の概念を、構造操作論に応用しようというアイディアを得た。

ベンヤミンが、「Konstellation(布置)」の概念では有名だが、ルカーチにもあり、そもそも、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツ語圏では、流行りの言葉として使われていた。2人は、それを、哲学の概念として精錬している。


元立憲民主党の熱血漢、小川淳也議員が中道改革連合の代表に就任した。彼に、悪い印象はないけれど、公明党と立憲が合併した中道改革連合は、対内的には、集票において、創価学会と連合に別々に強い影響を受けるため、選挙のたびに、その選挙前後に、名簿順や当落結果などで、緊張関係が生じ党としての一体性を維持するのが難しくなるように思う。

このままだと、元立憲の議員はどんどん落ちて、結局、中道公明党になるような気がする。現に、当選者は、元公明党出身が28人で、元立憲が21人で、すでに、この時点で、数が逆転している。

自公連立の場合は、連立だったので、役割分担の明確な協力関係になるが、中道改革連合は合併なので、対外的には、もともとの立憲の支持者にとっては、立憲が宗教政党に変質したように見えてしまい、創価学会に票を入れることになるように思えるのではなかろうか。

そもそも、立憲支持者は、政教分離に敏感な感受性を持っているだろう。さらに、立憲主義の依って立つ基盤は、民主主義であり、法治主義であり、合理性・批判性、権力の制限、少数者の権利保障である。

創価学会の朝晩の法華経を唱えて、教主に没我していく宗教性は立憲主義とは、文化的な緊張関係を持つだろう。自分の投票が政教一致の創価学会への委任になる、という解釈も出てきてもおかしくない。

中道改革連合は、内部的にも外部的にも二重の文化的緊張を抱え込んでいる。自公連立が安定したのは、役割分担と交渉の明確さがあったからで、合併はこの境界を曖昧にする。そこに、この新しい政党の構造的なリスクがあると思える。


ゾーラン・マブダニNY新市長をめぐるインタビューの第8回目

ダニエル・デンバー(左派ジャーナリスト/ポッドキャスター)「去年の組織化は最悪だった」

スマシー・クマール(NY州テナント・ブロックマネージング・ディレクター)「去年の組織化は本当にひどかった。しかも、状況の『窓』が閉じる前に、やろうとしていたことを実行する機会すらなかった。私が感じていたのは、広範な幻滅感のようなものだったと思う。人々は『いったい何のために?』『何が起きているの?』『何も意味があるように感じられないし、どこにも向かっていない』と感じていた。

でも一年経った今、私たちは本当に大きく成長したと思う。勢いも築いてきた。そして私たちは、これまで経験したことのない権力の段階へと上がろうとしており、本格的に『統治』に入ろうとしている。ゾーランに100万人が投票し、10万人が戸別訪問をした。地形(状況)は常に変わり続けている。

州や市の予算に10億ドル規模の問題が発生したら、それは現実の問題だ。誰かが『それは問題だ』と言ったとき、それは新自由主義の神話などではない。

たしかに私たちには穏健派の州知事がいるし、市議会議長も穏健派に見える。でもゾーランに投票した100万人がいる。アメリカには登録有権者が1億1700万人いると見たが、117人に1人がゾーランに投票したことになる。非常に多くの人が彼に投票し、そして『何か違うもの』を望んでいる。

実際、州知事や既存政治家たちがそれに反応しているのを私たちは見てきた。政治的立場がどうであれ、政治家なら票の生の力を理解している。選挙は重要であり、人々の振る舞いを変えるということを、私たちは今まさに見ている。

今の状況は、どこでも政治家が『これは予想していなかった。新しい状況だ。何らかの形で対応すべきだ。歩み寄るべきだ』と考えているというものだ。ニューヨーク市議会議長のジュリー・メニンからも、協調し行政と協力したいという姿勢が示されている。

しかし、今100万人が感じている希望は、つかの間のものだ。それは今この瞬間の感情にすぎない。だからこそ、それを消えさせないこと、それを勝利と実際の成果へとつなげ、そしてその希望を現実のものにしていくことが、私たち全員の責任だ。そうしてこそ人々は関わり続けることができ、州議会選挙で示した選挙力を、市議会選挙、そして将来の選挙へと積み上げ、本当の多数派を築くことができる」

ダニエル・デンバー「ネイサン?」

ネイサン・ガスドルフ財政政策研究所のエグゼクティブ・ディレクターまず第一に、クオモとアダムズ……。私は『社会主義的な良い統治』について話していたが、社会主義的統治を忘れてもいい。この選挙の皮肉は、ゾーラン・マムダニが実はこの都市にとって唯一の『良い統治』の可能性だったかもしれないという点だ。

アダムズのこれまでの任期、そしてクオモが民主党候補になったことは、ビジネス界が、ある意味で資本の合理的自己利益を反映する候補者を擁立できないことを示している。そしてそれはある意味でニューヨーク特有の現象でもある。

全国レベルでは、資本は国家に対して徹底的に反対し、むしろ無秩序な混沌の中で生きる方がよい、という議論もできるかもしれない。それが説得力を持つかは別として、そういう議論は可能だろう。

しかしニューヨーク市では、それは成り立たない。相当規模の市予算なしに、この都市は機能しない。だからビジネス利益が、物事を効果的に運営できる人物を擁立できなかったことは、非常に印象的だった。

マムダニの政策をどのような矛盾が制約するのか、という話だが、通常、税や予算の話では『悪いニュース』を伝えることが多い。しかし最近私は、逆の立場にいる。出発点として言えば、マムダニの提案はどれもそれほど突飛ではない。少しの増税で、他国では普通に存在する基本的な社会保障を実現することが、革命的で不可能なことのように感じられるのは、新自由主義の奇妙な後遺症だと思う。

実際、それは十分に可能だ。DSAの2021年『富裕層に課税せよ』キャンペーンは、アンドリュー・クオモ知事の下で成功し、年収100万ドル以上の人々への増税が実施された。そして何も悪いことは起きなかった。

政治的政策論議ではよく『資本ストライキ』が持ち出される。税政策の観点から言えば、税の世界でそれを見ることは非常に稀だ。労働の文脈では、企業が労組化を阻止するために自ら経済的損失を受け入れ、工場を閉鎖して利益を失う、という論理が成り立つ場合がある。

しかし税の場合はより合理的な行動になる傾向がある。つまり、利益を上げている限り、彼らはより高い税金を払う。別の場所へ移れば、より多く儲かるなら移るだろう。

しかしそれも基本的には『どうやって儲けるか』に沿って動く。ニューヨーク州と市の経済は非常に大きく、今も強固だ。ゾーランが提案しているような限界的な増税であれば、意味のある経済的懸念はほとんどない。言い換えれば、彼の政策は実行可能であり、既存の力関係が壊滅的な反撃に出るほどのパラダイム転換でも挑発でもない。

もちろん州知事を通さなければならないので、政治的課題はある。しかしそれは州や市の政治の範囲内で解決可能なものであり、構造的に不可能な障害ではない。

より深い構造的レベルでの本当の制約は、もしドナルド・トランプがこの好感度の高い若い市長に対する態度を変え、連邦政府が州や市に対して財政的な戦争を仕掛ける場合だ。それは本当に大きな問題になり得る。移民税関執行局(ICE)の問題も現実的な課題だ。対処すべき脅威は確かにある。

しかし中核となる政策アジェンダ自体は、実際かなり堅実で実行可能だと思う」

※世界のエリート、王室、富裕層を巻き込んだソドムのような、エプスタイン事件の余波は、NYCの社会主義的統治のやりやすさに貢献するように思える。マムダニ市長の社会民主主義的な政策─レントコントロール対象の住宅の家賃値上げを一旦止める、手頃な住宅の大量建設、バス運賃の無料化、自転車レーン/バスレーンの整備拡充、全ての子ども向けの無償保育の実施、低所得層の生活負担を軽くする公共サービス拡充、市営食料品店の設置など─の財源を、富裕層と企業に課税する─年収100万ドル(約1億5千万円超)の超富裕層に対して、2%の付加税(いわゆるミリオネア税)を提案。さらに、法人税の引き上げ─政策の合理性と説得性は、エプスタイン事件前よりも格段に上がっている。


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