往還日誌(302)






■5月23日、金曜日、曇り。

掃除して、白湯を飲み、俳句を作る。

12月で、父の亡くなった年齢に並ぶ、

父が亡くなって、30年以上経って、初めて教えのようなものが浮かび上がってきたように思う。

物を大事にせよ、乱暴に扱うな、とか、細部からだらしなくなるから気を付けろとか、人には親切にしろとか。

父の場合、それは人間だけではなかった。飼っていた犬や野良猫や植物にも親切だった。

こういうことは、子供の頃から言われてきたが、必ずしも守れなかった。

この頃、こうした教えが、言葉や画像として一層明瞭になってきたように感じる。

歳をとったということかもしれない。


きょうは、銀行や床屋、洗濯や買い物など、溜まっていた仕事を片付けた。

乾燥機を回している間、千本釈迦堂へふたたび行った。

菩提樹が一本、境内にあるのに気が付いた。

葉は美しい新緑となっている。

枝の先に花芽がついている。

弓道場を観察。

ここは、平日の午前中しか開いていないらしい。


今年の確定申告は、4月下旬に出せたので、私としては、ここ数年で記録的な速さだった。

電子申告になり、かなり楽になった。

領収書を年内に整理できれば、来年は2月中には、送信できそうな気はする。

還付金は、ちょうど1か月後に振り込まれた。

非常に高い社会保険料と、高いと言われている京都市の市民税が、今後かかるので、還付金はすべてもっていかれ、それでも、足りないだろう。

年々、生活しにくくなっている。


床屋の帰りに、ひさしぶりに、しずかに寄る。

ここは、珈琲が売りなので、アイスミルクティーを頼むと、確認される。

冨原眞弓さんの『シモーヌ・ヴェイユ』を読む。

シモーヌ・ヴェイユは、党派性を好まない心性や、歴史的被害存在に定位した、抜群の政治的洞察力など、惹かれる点が多い。


夜、ルカーチの翻訳を行う。






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