往還日誌(335)

 







■9月28日、日曜日、晴れ。

朝、ヘーゲル読書会。承認論の山場。

ヘーゲルの承認論に於ける社会的空間の問題や、ヘーゲルの確信から真理に向かうテーマでの、確率論の位置など、おもしろい議論ができたと思う。

家族と朝食を食べて、京都へ向かう。

高崎線、新幹線と、車中、ニコの『Knowledge Capitalism』を集中して読む。

『季報唯物論研究』172号の若森章孝さんの書評で、ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制』を知る。

ニコの本と極めて近い問題意識に貫かれている。

バルファキスは、2011年のギリシャ経済危機のときの財務大臣だった経済学者。

読むべき本が一冊増えた。

京都へ戻り、コピーを取って、夕食を食べに千本通りへ。

その後、映画『アメリカン・スナイパー』を視聴。実話である。

フセインの大量破壊兵器所有というでっちあげの、イラク戦争の始まり方も狂気であり、その狂気の戦争であるイラクに4回派遣され、仲間を守りたい一心で、イラクなどの女性達や子供達を含む、200人以上を射殺したシールズのスナイパー、クリス・カイルは、どの射殺も、神の前で説明できます、と退役軍人病院の精神科医の前で話す。

彼のストレスは、イラクの人々を多数射殺したことではなく、家庭の事情で戦場を去り、戦場の仲間を射撃で、もう守れなくなったことだと答えるのである。

その彼は、帰国して支援しようとしていた退役軍人に、精神疾患による錯乱から射殺されてしまう。

カイルは、戦場にも聖書を持ち込む敬虔なクリスチャンでありながら、イラクの敵兵を「悪党」と言い、「始末する」と言ってはばからない。

彼は、テキサス出身であるから、福音派だろう。

米国の国家的狂気と宗教的狂気が、カイルから人間性も家族も奪ったと言える。殺し合いは、痛ましく、後味は悪いが、これが現実であり、こういう世界に我々は生きていることを強く思い知らされる。

戦争は、差別の極致であり、それには、一種の宗教的な信念が加担している。

そんな印象を持った。


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