往還日誌(364)
■12月22日、月曜日、しぐれ、のち晴れ、またしぐれ。
午前中、歯医者、中央図書館へ本を返却、買い物。
午後から夜まで、ずっと仕事。
きょうは、体調が悪くて参った。疲れやすく、頭が回らず、集中力が途切れた。
寒暖差による自律神経の乱れが続いているのだろう。
ところが、エアコンの暖房を20℃にして、さらに、足元に、セラミックヒーターをつけ、室温22℃にまでしたところ、心身の重さが解消されてきた。
低温というだけで、これだけ、心身が働かないことに驚いた。
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きのうは、午後から横浜で句会に参加。8ヶ月ぶり。
なつかしい皆さんに会う。
今回は、第一句座、第二句座あわせて、入選が4句で特選はなかった。
主宰の盟友、俳人のA氏は、この3年くらい、芭蕉の思想的源流にあたる荘子のテクストを句会の前にずっとレクチャーしている。専門家の論文にも目を通す徹底ぶりである
今回は、養生主篇と斉物論篇を一篇ずつ、読んだ。
因果論や目的論、偶然論といった、ルカーチやヘーゲルなどを通じて、私が考えている科学基礎論とは、全く別の世界であり、その意味で、重要なものだと感じている。
荘子は、人間が生活、つまり労働の為に、外部世界を秩序づけ、統制し、場合によっては支配するときに用いる、人間種に固有の認識論的な枠組み、――たとえば、因果論を解体していく。
このように、現代世界を解体したあとの世界を、「道」として、世俗の只中に持っておくことの意義は、たぶん、我々の想像以上に大きい。
今まで、ほんとうに、部分的にしか知らなかったが、荘子と向きあってみる気になった。
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京都へ戻るとき、ブルーバックスの『思考実験』を集中的に読む。
読み始めたら面白くて止まらなくなって、仕事をするつもりだったが、ずっと読んでしまった。
存在論的知識社会学と対比させて、ベイズ推論を芯から理解するという問題意識が生まれた。
また、1月に締め切りの『社会操作の一般理論に向けて』の構成を、この本の「まえがき」ヒントに書いた。