往還日誌(359)

 







■12月6日、金曜日、晴れ。ここ数日、京都は非常に寒い。

北野天満宮東門前の「やきもち」のお爺さんと話したところ、きのうの朝6時45分頃に雪が降ったことが判った。天神の初雪である。

この「やきもち」の和菓子は、どら焼きにしても、こし餡、粒あんを使った焼き菓子にしても、たいへん美味い。

素材が良く、餡も甘すぎず舌に残らないのである。ここのどら焼きなどは、ショートニングは全く使用していないことはすぐに判る。

鶴屋吉信や笹屋伊織などの大手は、概して、甘すぎる。

「やきもち」の看板商品の「やきもち」は、午後には売り切れてしまう。

朝、母が長期入院することになったので、その関連の連絡。

入院先の病院は、厳格な面会制限をかけ、1回15分で2人まで。しかも、ウェブではなく、電話で、面会時間を予約しなければならない。

ホームページには、面会者は、同居家族・親族のみで、家族の複数回の面会は遠慮してくれ、とまで書いてある。

感染症の病棟流行が怖いというのが理由のようだが、病院の自己保身の割合の方が大きいのではないかと思う。

ここの面会制限は、全国的な面会制限の基準よりもかなり厳しく、世界的に見れば、病室スペースの問題で面会の人数制限はあるものの、特別の時間制限はなくコロナ以前と同様の形で面会が行われている。

院内における、インフルエンザや季節性コロナ、ノロウイルスなどの感染クラスター対策には、一定の合理性があるが、その感染対策には、実は、複数の「病院経営上好都合な要素」を、不可視化できるという機能もある。

たとえば、「制限しておけば文句を言われない。緩めて感染が出ると責任を問われる」というゼロリスク志向、つまり病院の目的であるはずの「患者の健康回復」より、病院経営(利潤)を優先している現実を不可視化できる。

たとえば、病棟における「説明要求」「クレーム」「録音・撮影」など、面会時に起きやすいトラブルのリスクを、面会制限で減らすことができる。

問題は、患者と家族の人権尊重と患者の健康回復の中に、感染症対策を組み込むことで、その逆ではないだろう。


午後から、金閣寺のジムへ。1時間強行う。最後は、座る瞑想を行っている。

『ブッダという男』は、なかなか、面白い。

第3章「ブッダは平和主義者だったのか」をまず読んだ。

ブッダといえど、社会的存在、つまり人間であるから、時代制約から逃れられない。

時代制約がある中でも、ブッダは比較的まともな考え方と実践を行い得たと思える。

私が、印象に残ったのは、ブッダの説いた考え方を比較的忠実に伝えている上座部仏教や、日本の大乗仏教の「現実形態」だった。

たとえば、あっけにとられる例がある。

太平洋戦争に突入する前、浄土宗の指導的立場にあった椎尾弁匡(しいおべんきょう)という「高僧」は、こう言っている。

「仏教の根本主義は、極端なる戦争主義であり、戦争主張者であります」。

さらに、「猶太(ユダヤ)民族思想というものを、人類から取り除いてしまうことは、日本に課せられて居る」。

さらには、「随所に兵を動かし、幾百万の生命をさえ殺してゆくことが肯定されるのである」。

さらに驚くのは、戦後の椎尾弁匡の発言である。

「過去の戦争中はめちゃくちゃであります。共生きと反対の共殺しの戦争でありますから、これはめちゃめちゃであります」。

さらに、「共生を中心としての社会というものを、戦争によってつぶされてしまった」。

これが、日本仏教の「現実形態」であり、この調子のよさは、仏道というものが、生き方ではなく、単なる処世術だったことをよく物語っている。

ブッダのオリジナル思想に比較的近いとされる上座部仏教も、事情は似たようなもので、2016年から2017年にかけてミャンマーでロヒンギャ族(イスラム教徒)の虐殺が起きたとき、ミャンマー仏教(上座部仏教)のティータグー僧正は、「大王統史」という古典を引用して、ロヒンギャ虐殺を正当化する説法を行った。

「大王統史」というのは、紀元前2世紀のアバヤ王の事績を記したもので、アバヤ王は、タミル人を殺戮して、初めてスリランカを統一したが、このときの殺戮について、仏教の長老たちに、殺戮を繰り返し自分には安らぎがないと相談した。

長老たちの答えは、大量虐殺したタミル人は、殺人のうちに入らないと答えている。なぜなら、タミル人は、仏教徒ではなく、邪見を持ち、悪戒を持ち、獣に等しいからだと。アバヤ王の殺したのは、仏教に帰依し五戒を守った者と、仏教に帰依したが戒律を守らなかった半人の合計1.5人だという回答だったのである!

こうした差別性は、実は、どの宗教にもある。そして、その差別性が、逆に、教団の結束を強めて権力への批判力を養成する場合もある。

たとえば、日蓮宗の不受不施派は、全ての宗教が持つ排他性と差別性を一つの教義にまで高めたものだが、そのことによって、400年間、権力からの弾圧を受けながらも、この不受不施という排他的教義によって、秘密結社的な強固な組織を維持し、教権を世俗的権力に従属させることがなかった。

だから、宗教はダメだと言っているのではなく、宗教は微妙なものであり、その微妙さを、芯から判っている宗教者は少ないということである。

この微妙さについては、実は、宗教に限らない。

哲学や理論も全く同じなのである。

哲学者の田畑稔先生が、西田幾多郎哲学の、戦争協力した「現実形態」を問題にして、研究対象にしているのは、この問題意識からだろう。

これは、実は大変難しい仕事である。

俳人が、子規や虚子の「現実形態」を問題にすることが、今でも、ある種のタブーになっていることを考えればすぐに判る。

哲学や理論の「現実形態」の研究は、歴史研究となり、それは現在の哲学や理論に生かす貴重な成果となる。

私は、もう2つ必要ではないかと思っている。

そのうちのひとつは、自己批判能力である。

それは宗教ではないとか、それは理論とは言わないとか、決めつけて、現実に蓋をして思考停止するのではなく、まさに、それこそが宗教であったし、また現にそうであるし、それこそが理論であったし、また現にそうであるのだという、現実感覚を、ベースにしている。

なぜなら、多数の信奉者が存在したし、今も存在しているからだ。

もう一つは、理論や思想の知識社会学的分析である。

なんらかの、新しい理論―自然科学も含む―を提示するとき、それと、それの知識社会学的分析は、セットで提示されるべきではないかと、私は思っている。

これは、その理論の機能やその社会的帰結は、後から判ることが多いので、原理的に難しいことではあるが、上記の2つの研究視点を踏まえれば、できないことではないだろうと思う。

これは、理論の将来に関わる問題となるだろう。

他方で、西田哲学にしても、仏教にしても、あるいは、自然科学にしても、「いいところ」もあるのだから、それでいいではないか、現状を批判して変える必要はないとする、自称保守派の人々もいる。

この自称保守派の人々は、エドモンド・バークや、フリードリヒ・ハイエクや、カール・ポッパーも入るかもいいかもしれないが、彼らに比べると、思考は凡庸で表層的である。

こうした自称保守派の人々が、意気揚々と、「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」と語るとき、三度目に歴史はパラドックスとして繰り返すのである。

彼ら自身、その歴史にパラドキシカルに「社会操作」されていることを知らない。


夕方から、ルカーチの翻訳に専念。

あすは、朝の新幹線で東国へ戻る。


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