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9月, 2025の投稿を表示しています

一日一句(5808)

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  十月や遠くの空に貨車の音

一日一句(5807)

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  葉双つがしづかにゆるる九月かな

往還日誌(335)

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  ■9月28日、日曜日、晴れ。 朝、ヘーゲル読書会。承認論の山場。 ヘーゲルの承認論に於ける社会的空間の問題や、ヘーゲルの確信から真理に向かうテーマでの、確率論の位置など、おもしろい議論ができたと思う。 家族と朝食を食べて、京都へ向かう。 高崎線、新幹線と、車中、ニコの『Knowledge Capitalism』を集中して読む。 『季報唯物論研究』172号の若森章孝さんの書評で、ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制』を知る。 ニコの本と極めて近い問題意識に貫かれている。 バルファキスは、2011年のギリシャ経済危機のときの財務大臣だった経済学者。 読むべき本が一冊増えた。 京都へ戻り、コピーを取って、夕食を食べに千本通りへ。 その後、映画『アメリカン・スナイパー』を視聴。実話である。 フセインの大量破壊兵器所有というでっちあげの、イラク戦争の始まり方も狂気であり、その狂気の戦争であるイラクに4回派遣され、仲間を守りたい一心で、イラクなどの女性達や子供達を含む、200人以上を射殺したシールズのスナイパー、クリス・カイルは、どの射殺も、神の前で説明できます、と退役軍人病院の精神科医の前で話す。 彼のストレスは、イラクの人々を多数射殺したことではなく、家庭の事情で戦場を去り、戦場の仲間を射撃で、もう守れなくなったことだと答えるのである。 その彼は、帰国して支援しようとしていた退役軍人に、精神疾患による錯乱から射殺されてしまう。 カイルは、戦場にも聖書を持ち込む敬虔なクリスチャンでありながら、イラクの敵兵を「悪党」と言い、「始末する」と言ってはばからない。 彼は、テキサス出身であるから、福音派だろう。 米国の国家的狂気と宗教的狂気が、カイルから人間性も家族も奪ったと言える。殺し合いは、痛ましく、後味は悪いが、これが現実であり、こういう世界に我々は生きていることを強く思い知らされる。 戦争は、差別の極致であり、それには、一種の宗教的な信念が加担している。 そんな印象を持った。

一日一句(5806)

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  瓢箪の腰のあたりのうろんかな

一日一句(5805)

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  杉五六本秋天を競ひけり

往還日誌(334)

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  ■9月27日、土曜日。晴れ。 午後、メガネシティへメガネの調整に。 1944年生まれのKさんに靖国への参拝はするかどうか聞いてみたところ、まったくしないという。あの戦争を肯定するところだからだと。 それはそうだろうね。 うちの妻も、「あそこはゴリゴリの右翼だからね」と言ってゐる。 それもそうだろうね。 私も、長く行く気がしなかったところの一つである。 今の時点で、靖国をどう考えているか、今朝、考えをまとめてみた。 私は、靖国の機能とは、「英霊」を祀ることではなく、――それは手段であって、その本当の目的は、皇室を保護することにあると考えてゐる。 なぜ、そう考えるのかは、靖国が「神社」という社会的空間の形式を備えている点にある。靖国は、本殿、拝殿を備え、鳥居は一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居に、靖国通り側からの鳥居と4つ備えている。そして、二の鳥居の右手に能楽堂を備えている。 京都の北野天満宮は、菅原道真公が「怨霊」として都を祟ったとされたことで、その霊を鎮めるために、天満宮を創建して神として祀った。 靖国が、ことさら、戊辰戦争の戦死者が「村の守護神」として埋葬された点を強調して、「国家の守護神」、「護国の英霊」を神に祀るのは、古今の日本人の信仰によると主張しているけれども、幕府方の戦死者も祀っている(※ここは、事実誤認があり、合祀には排除と選別があったというのが事実)。 これは、敵味方なく、英霊とする日本人の美徳、と言われることが多い。そういう面はあるかもしれない。しかし、菅原道真公に見られるように、その本質は、「怨霊」になって、「皇室」を祟ってもらっては困るのである。 「怨霊」を「神」へ変換する社会的空間が神社である。神社には、熊野神社のように、あるいは、太古の出雲連合王国の土地に今も散在する巨岩信仰の大和朝廷より古い神社のように、そうとは言えないケースもあるが、この「怨霊」を「神」に変換する機能の系譜には、将門関連の諸神社や北野天満宮など、確実に存在する(あるいは起源はわからないが、被征服先住民族の怨念を鎮めるための神社は、他にも存在するはずである)。 靖国が、日本人の信仰の古さを持ち出すのは、あながち見当違いではなく、むしろ、この伝統を指していると見た方がいいように思う。そのことを明確化すれば、天皇の戦争責任を認めることになるので、国家の守護神だとか、護...

往還日誌(333)

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  靖国神社南門を入った左手に生える樟 ■9月26日、金曜日、晴れ。 朝は湿度が低く、気持ちのいい朝だったが、日中は真夏ように暑かった。 きょうは、気分が重い一日となった。 午前中、渋谷の松濤美術館で『井上有一の書と 戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s』展。 井上有一は好きな書家だが、この展覧会を見て、少し、見方が変った。 当人は、望んだのかどうか、わからないが、80年代から、有一の書は、グラフィックデザイナーやコピーライターなど、いわば、欲望産業の代理人達によって、広告に使用されるようになる。 有一の書は、資本に包摂されることで、バブル経済の真っただ中に、パルコや西武百貨の文化と一体で、一般に知られるようになって行くのである。 これが、宮沢賢治の『農民芸術概論』の思想から影響を受けて「書の解放」を唱えた有一の思想の帰結だったのか、と思うと、操上和美が 禅僧のような趣に 撮った井上有一の渋いポートレートも、色あせて見えてくる。 有一の書の広告利用の流れは2000年代になってもある。 この転換点は1970年で、このとき、海上雅臣という十五歳年下の、プロモーターであり、理解者であり、批評家であり、画廊経営者である人と出会って、それまでの一字の書から多字の書へ変わっていく。 有一の一字書の集大成、『花の書帖』を、海上が出して、その出版記念会を行うことで、建築家や批評家、グラフィックデザイナー、コピーライターなどに知られていくのである。 有一は、名利を求めたか。そうかもしれない。 50年代から、世界的な潮流だったアクションペインティングや、アンフォルメルの文脈の中で、有一の書は西欧に受け入れられ、海外での展覧会も数多く行われてきたが、その流行が終焉すると、 有一の書は顧みられなくなる。 そのタイミングで、海上との出会いがやってくる。 しかし、 有一が名利を求めなかったとしたら、彼の「花」や「貧」や「心」は、そして、なにより、「噫横川国民学校」は、我々の眼に触れず、残らなかったかもしれない。 ★ その後、靖国神社へ行く。 東京は、長いが、きょう、初めて靖国へ行った。 事の是非は置き、「英霊」に参拝する。 遊就館を拝観する。 戦争の攻撃や攻略、作戦の展示は詳細だが、そして、特攻攻撃の悲劇の展示は詳細だが、大陸や半島での加害の実態は、きれいに消えている。 展...

一日一句(5804)

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  電線に鴉啼きけり秋の家  

一日一句(5803)

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  朝顔の一花ゆれゐる静けさよ

往還日誌(332)

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  ■9月24日、水曜日、雲の多い晴れ。 若宮滞在も折り返し地点をすぎた。 滞在中にこなすべき仕事はほとんど終わった。 このところ、たいへん多忙だが、やるべきことはやっているので、先に進んでいる実感はある。 あとは、11月の発表のため、TB-LB Theoryで社会的空間を分析するための調査が残っている。「国家と追悼」をテーマ化して、靖国神社へ行く予定。 「国家と追悼」の関係を社会的空間として分析するという趣旨である。 1回では、たぶん、無理だろう。じっくり行く。今回は序文的位置づけ。 ★ 新作詩「睡蓮、あるいは水の綾」の評価は高かった。 問題は、その次で、まだ、なにも、降ってこない。 ヒントは、「近江・琵琶湖」である。 現地へふたたび行かないと仕方がない。 まずは、森澄雄の『浮鴎』から検討予定。 ★ 日本にも、米国の福音派と同様に、熱烈にイスラエルのジェノサイドを支持するキリスト教シオニストは存在する。ただし、米国の場合、チャーリー・カークの7月のイベントでの態度変更に象徴されるように、もう、イスラエルにも、イスラエルロビーにも、うんざりしている。 そういう兆候が世論―特に若い世代―に出ている。 9月17日付の『クリスチャン・トゥデイ』は、日本側からだれが出席したか、その所属団体とともに、記事化している。 「日本の国会議員では、参院議員でグッド・サマリタン・チャーチ牧師の金子道仁、衆院議員の阿部弘樹両氏が出席し、日本のクリスチャン政治家のネットワーク『オリーブの会』監事の五十嵐義隆氏も出席した。 この他、日本会議会長で筑波大学特命教授の谷口智彦、北朝鮮による日本人拉致被害者支援団体『救う会』会長で麗澤大学特任教授の西岡力、ビズテリア・クラブ代表の勝山牧生、ハンガーゼロ(日本国際飢餓対策機構)総主事の近藤高史、東住吉キリスト集会責任者の高原剛一郎、東北中央教会牧師の永井信義、カルバリーチャペル・ロゴス東京牧師の明石清正各氏らが出席した」。 これは、日本人による明確なジェノサイド協力者のリストと言える。 もっとも、パレスチナの国家承認を、米国の圧力で日本政府は行っていないので、自公政権とその支持者も、このキリスト教シオニスト達と大差がない。 英、仏、カナダ、オーストラリア、ポルトガルと承認して、日本、ドイツ、イタリアと未承認となっている。 米国・イスラエルと敗...

一日一句(5802)

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  無花果の裂け目に夜は生まれたり

一日一句(5801)

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  有一の花の一字や秋の聲

一日一句(5800)

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  杉ときに叫ぶことあり秋夕焼

往還日誌(331)

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  ■9月21日、日曜日、晴れ間のある曇り。 かなり涼しかった。 きのうは、今季初めてクーラーを消して眠れた。 午前中、ルソーを読む会。 その後、朝食を食べて、植物の水遣り、洗濯、掃除、風呂掃除、買い物、夕食作り。 木曜日に、事務所に出社して、 キンドル・ダイレクト・パブリッシングを、同僚のRさんに教えてもらった。 これだと、既存の出版社を経由せず、オンデマンド出版ができる。 儲けよりも、世に出すことを重視する場合、本の市場性という、ある意味での検閲がかからないので、これは結構いいシステムだと思う。 キンドル・ダイレクト・パブリッシングで、ニコの『自由は知識の娘』を出版することに決め、彼の了承を得て、準備に入った。 この方向での、出版が決まってきたことで、ニコの新著の『知識資本主義』の翻訳も作業の見通しが立ってきた。 ダイレクト・パブリッシングは、自著の出版も可能なので、社会哲学3部作とルカーチ大著の翻訳の出版にも可能性が開かれてきた。 もともと、どれも、部数売れるものではないので、オンデマンド出版の方が合理的かもしれない。 ★ きのうは、墓参で実家に行く。 熊谷からのバス路線が、この4月に廃止になったと聞いたので、電車を使ったが、大回りとなり、かなり時間がかかった。 電車では、ニコの仕事に集中する。 ニコの仕事は、日本語版を出す価値のある本が、今、翻訳しているもの以外にも何冊もあり――たとえば、金融問題や気候変動問題、あるいは近代社会の毀れやすさの問題など――これらをシリーズ化したいと思っている。 ★ 文部科学省の調べによると、発達障害児が、全国的に増加傾向にあり、全国の小中学校の特別支援学級に在籍する自閉症・情緒障害の児童・生徒数は、2014年度から2022年度の間に8万1624人から18万3618人に増え、増加率は全国平均で、2.25倍だという。 これだけでも、驚くが、沖縄の宮古島では、同じ期間で、44倍に増えている。 2014年から発達障害児が急激に増えている点は、一つの仮説を思わないではいられない。 フロイトが精神分析を創始した時期にウィーンで多発した「神経症」は、オーストリア社会が産業革命期に入った時期と一致している。 これと同じように、先進国は、今、産業革命に匹敵する社会変化の最中にあるということは言える。 それは、1970年代から「知識社会化...