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一日一句(5986)

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  蜘蛛の囲や論理に孤独ありにけり

若宮日誌(436)

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  ■8月6日、広島忌。きょうも、朝は涼しかった。 関東へ戻って、オホーツク高気圧のため、連日涼しく、湿度も低い。 あすからは、また、猛暑になるようだが。 高市早苗内閣になってから、対米隷属がさらに異様なレベルになり、支配層のマゾヒズムが醜悪さを増している。そのマゾヒズムは、日本国家のための擬態ではなく、日本国家利権村のための媚態である。 そして、見えないところで、軍事的にも政治的にも、米国・イスラエル・日本という、悪の三国同盟のような結びつきが、軍事同盟や3軍の統合──パランティアのAI基盤──を通じて、できあがりつつある。 東京において、国会前集会・スタンディングなどを含めると、ほぼ、毎週、反高市をテーマとしたデモが行われている。これは、安倍政権以来だろう。 そうした状況における広島忌は、特別の意味を持っている。 それは、現在も続く、広島・長崎の悲惨な社会的経験が、戦後80年以上、核保有国に核使用を思いとどまらせたという現実である。 相互確証破壊という核兵器の抑止戦略は、現実に使用された核の被害経験の世界的な共有──少なくとも核保有国の指導層において──がないと、成り立たない。 ロシアに次ぐ、核保有国の、このアメリカで、静かに政治的な変化が起き始めている。 それは、イスラエルから距離を取り、イスラエルを批判することが、政治的な致命傷には、必ずしもならなくなってきた、という変化である。 ミシガン州の民主党の予備選挙で、イスラエルへの軍事支援の停止や格差是正などを訴えた、アブドゥル・エル=サイード候補が、伝統的なイスラエル支持の民主党ヘイリー・スティーブンス下院議員を、僅差で破ったのである。 その差、約1% 。 エル=サイード候補の得票率、48.5%、ヘイリー・スティーブンス下院議員は、47.5%だった。 アブドゥル・エル=サイード候補は、両親がエジプト出身の移民で、当人は、ミシガン州で生まれ育っている。 エル=サイード 候補は、イスラム教徒。優秀な人で、オックスフォード大学で公衆衛生学の博士号を、コロンビア大学で医学の博士号を取得し、臨床医としてではなく、大学教官や公衆衛生の行政官として過ごしてきた。 ヘイリー・スティーブンス 下院議員には、例によって、イスラエル・ロビーのAIPAC( アメリカ・イスラエル公共問題委員会 )が張り付き、6000万ドル(約9...

一日一句(5985)

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  夏木立明るき顔の妻娘

一日一句(5984)

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  いっせいに天を向いたるオクラかな

一日一句(5983)

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  一葉落つ天心このうへなく無音

若宮日誌(435)

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  ■8月3日、月曜日、曇り、朝から、涼しくて驚いた。 風がまるで避暑地の風のように冷たい。 若宮へ帰宅後、ただちに、京都へ送る本の整理。4箱作る。 一ヶ月以上も空けると、用事がかなり溜まっている。 若宮へ戻って、オクラが天を向いて生ること、そのオクラは、朝採りたては非常に甘いことを初めて知った。 ★ のぞみでは、 黒崎宏 さんの1975年の論文、 「『科学基礎論』の可能性」 と、 『圏論の道案内』 を集中的に読む。 黒崎さんは、『ウィトゲンシュタインから道元へ 私説「正法眼蔵」』や『ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説「中論」』など、仏教とヴィトゲンシュタインをテーマにした一連の著作で有名だが、これまで読んだことはなった。 この論文の結論は、「科学基礎論には、2つある。1つは、『科学の基礎づけ論』。もう1つは、『科学の基礎洞察論である』」。 「科学の基礎づけ論」は、科学の経験的基礎づけ論ではなく、科学の哲学的基礎づけ論でもなく──この2つは、論理実証主義の歴史的失敗に帰結したと述べている。 そうではなく、「科学の基礎づけ論」は、第一に、科学の理論的な基礎づけ論──それは、より基本的な科学による理論的な説明、たとえば、ニュートン古典力学のアインシュタイン相対論による説明のように──、第二に、科学の公理化──科学の個々の法則を公理によって基礎づけ、その意味で法則の体系としての科学を理論的に基礎づけると、述べている。 これらは、哲学者の仕事ではなく、科学者か、せいぜい、論理学者、数学者の仕事だと述べている。 もう一つの「科学の基礎洞察論」というのは、いわゆる、科学哲学のことであり、それは、科学の基礎的な概念や法則への洞察、科学全体の構造や、科学的説明・予測の性格、理論の受容または破棄の条件、科学の背後にある世界観や方法論、科学人間観や科学と社会の関係などの 洞察 を指している。 このとき、洞察と言ったが、そのアプローチは、黒崎さんは、ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』の中の言葉 「考えるな。見よ!」 を、イメージしている。 つまり、仮説を立てて、実験し観察し経験的にテストするような、 考える行為 ではなく、 見る行為 だという。 考えるのは哲学者の仕事ではなく、科学者の仕事だというのが、黒崎さんの主張になる。哲学者の仕事は、「事実を見、ありのままを記述し、よって...

一日一句(5982)

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  蟬時雨此処より先は地の涯てか