京都日誌(421)

 






■6月27日、土曜日、曇り。

きのう、きょうと、京都も颱風7号、8号の影響で梅雨前線が活発化して大雨となった。

この間、引き籠って仕事に専念。

いくつかの進展があった。

存在論的科学基礎論のスケッチを、断続的に、科学的実在論への反論という形で書いてきて、私のやろうとしているのが、ひとつには、表現論・反映論の精緻化にあることが見えてきた。これを、目的論・因果論・偶然論のトリオロジーの枠組みの中で論じていくことになる。

きょうは、「老化と記憶」のエッセイ、1万2000字に集中。かなり形はでき、85%はできた。また、字数が足りずに、記憶に関する議論に偏り、老化についての検討ができなくなりそうではある。

あと、1日半で書き上げる予定。その後は、ニコの仕事に全力をあげる。


ハーヴァード大学のアヴィ・ローブ博士が、トランプ政権のUAP/UFO関連ファイルの第3回リリース(2026年6月12日)についてコメントしている。

このコメントは、エビデンスの検討に厳格で冷静な天体物理学者のローブ博士のものとしては、たいへん興味深いものとなっている。

「とりわけ注目すべきなのは、2026年6月5日付で、国防総省の全領域異常対策室(AARO)の責任者である優れた科学者、ジョン・コスロスキー博士(Dr. Jon Kosloski)が署名した新たな報告書が含まれていることである。

コスロスキー博士は、オレンジ色の「母船(mother)」のような球体(オーブ)が、より小さな赤いオーブを放出した事例に言及するとともに、報告された現象の40%は合理的な説明ができず、未解決のままであると述べている。

明らかなように、これらの未確認異常現象(UAP)の起源を解明するには、さらに多くのデータを収集し、分析する必要がある」。

さらに、こう述べている。

「1950年代にさかのぼると、1992年の告白を含むCIAの報告書が公開されている。その86ページには、次のように記されている。

(当局は)手紙の送り主に対して、UFO目撃の真の原因を明かすことはできなかった。1950年代後半から1960年代の大部分にかけて報告されたUFO目撃の半数以上は、U-2、そしてその後のOXCARTによる飛行が原因であった。

つまり、CIA自身の内部史は、1950年代後半から1960年代にかけて報告されたUFO目撃情報の半数以上が、秘密裏に行われたU-2およびOXCART偵察機の飛行によるものであったことを認めている。そして、それらの極秘計画を守るために、プロジェクト・ブルーブックは一般市民に対して事実とは異なる説明を与えていたのである。

この事実を踏まえると、1950年代、すなわちスプートニク打ち上げ以前に写真乾板へ記録された一時的な光についても、U-2機、あるいはソ連で開発されていた同等の試験機が飛行中に太陽光を反射した光(グリント)によって説明できる可能性があるのではないか、と考えさせられる。

最後に、1947年にニューメキシコ州ロズウェルで起きた事件にまでさかのぼる歴史的な報告書も公開されている。たとえば、ここで公開されている文書がその一例である」。

アヴィ・ローブ博士は、6月12日、ホワイトハウス・国防総省・FBI・情報機関を諮問対象とするUAP科学諮問評議会議長に就任している。

この後の情報発信が非常に注目される。



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