京都日誌(406)

 






■4月21日、火曜日、晴れ。朝10時の時点で、上層に巻雲があった。

先日、Suicaを失くしてしまった。どこで、失くしたのか、わからない。心当たりは連絡したが、出てこなかった。

仕方ないので、再発行してもらおうと、JR二条駅まで、ここ千本から、歩いて出かけた。

みどりの窓口で、若い駅員氏と話して判ったのだが、なんと、Suicaというのは、JR東日本だけのICカードだった。

要するに、二条駅では再発行できない。JR東日本のどこかの駅でないと再発行できないという。

JR西日本では、ICOCAというカードがあり、それは券売機で販売している。これで、JR東日本も乗車できると言うので、これをとりあえず、発行した。

このICOCAは、どう見ても、「行こか」であって、つまり「ぼちぼち、行こか」とか「ほな、行こか」とか、気の置けない、だれかと連れ立って、どこかへ行くときの文句である。

このまったりした関西独特の語感は、なんともいえない、いい味を出している。

「ぼちぼち、いこか」や「ほな、いこか」は、ぜんぜん、時間に追われていない。そこがいいのである。しかも、この言葉は、相手がいる。孤独ではない。

他方、JR東日本のSuicaはどうか?

これも、音は悪くない。

しかし、正式名称を知るとのけぞる。

Super Urban Intelligent Cardなのである。

なんじゃそれ、という感じになる。

これは、単独で行くイメージが強い。

「スイスイ」通れるカードで、スイカという意味もあるようである。

悪くない。

悪くないが、これも、単独者なのである、イメージは。

「行こか」という、まったりした相方への呼びかけと比べると、やはり、勝負あったのではないか?

米国を動かしているのは、米国大統領ではなく、イスラエル・ロビーとイスラエルであることが、今度のイラン戦争で、誰の目にも明らかになった。


アリソン・ウェアによる、2014年の『カウンター・パンチ』の記事、第3回。

この記事は、ウェアの自著である『Against Our Better Judgment』の抜粋となっている。

パレスチナにおけるシオニストの植民地化活動

ユダヤ人国家をパレスチナに建設するという目標を達成するため、シオニストたちはムスリムとキリスト教徒の住民を土地から追い出し、ユダヤ人移民に置き換える必要があった。

これは容易ならざる課題であった。なぜなら、当時パレスチナの人口の95パーセント以上をムスリムとキリスト教徒が占めていたからである。シオニストたちは、まず土地を買い占めることで先住民を自発的に移住させ、それが奏功しない場合は暴力によって強制的に追い出すという二段構えの戦略を採ることを計画した。この戦略は複数の文書に記されており、パレスチナ人・イスラエル人双方の多くの歴史家によって引用されている。

この植民地化計画が進むにつれ、先住パレスチナ人たちはときに暴力的な抵抗を示した。人々は自らの土地から追われることには通常抵抗するものであり、シオニストたちはこうした事態をあらかじめ予期していた。

土地買収によって取得できた土地がほんのわずかにとどまると、シオニストたちはパレスチナ人と英国の双方に対して戦うテロ組織をいくつか結成した。テロリストであり後にイスラエル首相となるメナヘム・ベギンは、シオニストたちが中東のみならず世界全体にテロリズムをもたらしたと後に誇らしげに語った。〔注xxviii〕

イスラエル建国の前夜までに、シオニストによる移民・土地買収活動によってパレスチナのユダヤ人人口は30パーセントにまで増加し、土地所有率も1パーセントから約6〜7パーセントへと拡大した。

これは1947年のことであり、英国がパレスチナの統治を終了すると表明したのもこの年であった。英国はパレスチナの将来を国際連合に委ねた。

国連の創設原則の一つが「民族自決」であることを踏まえれば、国連が住民による公正な民主選挙を支持し、住民自身が独立した国家を樹立できるよう後押しすることが期待されたはずである。

ところが、シオニストたちはパレスチナの55パーセントという不均衡な領土を自分たちに割り当てる国連総会決議の採択を強力に推し進めた。シオニストたちが公言することはほとんどなかったが、日記や書簡に記された計画では、その後パレスチナの残りの領土も獲得するつもりであった。

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シオニズムは、初期300年間──16世紀末から19世紀には、キリスト教徒の思想家や政治家、活動家がシオニズム運動を担った──を除けば、その担い手は、アシュケナージ(東欧・中欧のユダヤ人)であるが、シオニストは、ユダヤ教徒を大事にするかというと、そういうことはない。

シオニストが、ユダヤ教の中心機関であるシナゴーグを爆撃したり、襲撃したりする事件は、1950年代からある。

つい最近も、イランのシナゴーグをイスラエル軍が爆撃した。

イランのシナゴーグに見られるように、イスラエルに攻撃されるユダヤ教徒は、アラブ社会でアラブ人と平和共存しているユダヤ教徒なのである。

この人達は、もともと、シオニズムとは関係がない。なかよく、アラブ人と暮らしていた。

アラブ地域のユダヤ人を襲撃したり、攻撃したりすることで、安全に暮らすためには、イスラエルに移住するしかないか、とアラブ系ユダヤ人に思わせることが、目的なのである。

シオニストに大事なのは、個々のユダヤ教徒ではなく、イスラエルという国家だからである。

移住させるに足るユダヤ人は、欧州にはもうあまり残っていないために、アラブ社会のシナゴーグを攻撃して、─しかも、それをアラブ人の攻撃と思わせて─安全性の観点から、イスラエルへの移住の動機付を行ってきたのである。

イスラエルの国力のためである。


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