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一日一句(5874)

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  春の月ひとり遥かな海となり

一日一句(5873)

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  ※浄土院、通称、湯たく山茶くれん寺。 花の鉢寺はひとりの修羅を待つ

京都日誌(400)

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  ■3月20日、金曜日、春分の日。 空全体に、薄く雲がかかり、その向こうに青空がのぞく。 この数週間、多忙で、仕事と家事以外には、ほとんどなにもできない。 市民税が還付になるので、ようやく、ファイロファックスが新調できそうである。 私は、最近、友人たちに、「105歳まで生きる」と宣言して回っているのだが、 そのとき、必ず、「なんや、その5っていうんは?」と聞かれる。 この「5」には、深い訳がある。 この「5」は、 反・区切りの思想 なのである。 100は、最近の社会が与える、切りのいい100歳時代の100である。 しかし、105は、私が、 余白・遊びとして、5年をさらに与えた区切り なのである。 私は、所与を嫌う。あるいは、所与を疑う。 もちろん、念仏のように、ただ、105を唱えているわけではなく、毎日、このために、心身調整を行っているのである。 ★ 数学者の広中平祐さんが、3月18日に亡くなった。享年94。 この広中さんが、2017年に京都大学で行った「数学者の素願から終活まで」という、とても面白い 講演 がある。 広中さん、85歳のときの講演である。 たとえば、出だしは、こんな感じである。 「僕は 85 歳になって、もうすぐ 86 歳になりますけど、皆もその年齢になった時には分ると思いますけど、つまらないことをやりたくないのですよ(笑い)。 ご存 知のように『生命ある者は必ず死す』と、死ぬことは決まっているのです。だから、死を予定した上で、あと 5 年か、だけど 2 年か、3 年か、ひょっとしたら 10 年かも知れないけど、死ぬことは決まっている訳です。 それをですね、人を喜ばすためにね、あるいは人から感心してもらうようなことをやりたくはないのです。考えてもみなさい、まあ、そんなこと若い頃は苦労して、早く助教授から教授になりたいと思ったこともある。 今は、そんなことないじゃないですか。85 歳以上の 人手を挙げてみて(笑い)。今でもそういうの欲しいですか、それで苦労したいですか。余程の変人でないとしないです(笑い)」。 「つまらないことをやりたくない」という感覚、あるいは思想は、よくわかる。ただし、これが実現できる老人は、その社会的・経済的・生物学的条件が揃っている、ということでもある。 私も、60歳を過ぎたあたりから、こういう感覚が強くなってきた。...

一日一句(5872)

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  雨あがる新しき身に世の櫻

一日一句(5871)

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  春の海死を横に置く身のしづか

一日一句(5870)

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  春の海いろをかへつつ心かな

一日一句(5869)

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  キッチンは浮き浮きとして春キャベツ

一日一句(5868)

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  石廊崎時満ちてゐる春の海

一日一句(5867)

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  春の夢にぎやかなりし聲に満つ

一日一句(5867)

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  落椿おそろしきまで真紅

一日一句(5866)

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  はくれんのちるべくしてちる月日かな

一日一句(5865)

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  白蓮の散つてしづかな宇宙あり

一日一句(5864)

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  身の内に楽の満ちゐる春の海

京都日誌(399)

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  ■3月11日、水曜日、東日本大震災15周年。 1月から右腕の肘付近が痛むので、月曜日に北野の整形外科を受診。 軟骨が老化ですり減っている可能性もあるとのことで、レントゲンを撮った。軟骨に問題はなく、肘の外側にある「外側上顆」という部分に炎症が起きたことがわかった。 いわゆる「テニス肘」である。 手首や指を伸ばす筋肉の使いすぎが主な原因。 テニスをやったのではなく、仕事のし過ぎである。 整形外科では、湿布を出すか、痛み止めの薬を出すか、ひどくなったときには、痛み止めの注射をするか、という処置になる。 レントゲンを撮ってから、再び診察室へ行くと、医師が、デスクにPCのモニターを出しておいてくれて、ググった画面になっていた。 「『テニス肘 ストレッチ』で検索すると、今は、情報化時代ですから、いろいろ出てきますよ」と言っている。 帰宅後、検索したが、どれもピンとこない。 中に、YouTubeの番組で、整体師さんが丁寧に解説している 「20秒! テニス肘の治し方」 というのがあった。半信半疑でやってみたところ、かなり効果があった。 以降、毎日、仕事の途中や、終わった後に、これを実践し、寝るときには、整形外科で出してくれた湿布を貼っている。 ★ トルコの『Yeni Şafak(イェニ・シャファク)』が、3月10日付で、テヘランの『タスニム通信』を引用する形で、ネタニヤフ首相の死亡または負傷説を 報じている 。 「テヘランの『タスニム通信』が世界メディアに衝撃――イスラエル首相ネタニヤフが、最近の報復攻撃で死亡または重傷を負ったとする未確認情報を発信。 ネタニヤフの4日間にわたる公の場への不在、ビデオメッセージのキャンセル、米国高官訪問の突然の中止が憶測をさらに強めており、イスラエル当局は完全な沈黙を保っている。 イランの半官製メディア『タスニム通信』による衝撃的な報道が、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の安否をめぐる憶測の嵐を巻き起こしている。 同報道は、ネタニヤフ首相が最近の報復攻撃で死亡または重傷を負った可能性を主張し、その根拠として、首相が約4日間にわたって完全に公の場から姿を消したことを挙げている。これは、毎日ビデオメッセージを発信するという首相の通常の慣行から劇的に逸脱した状況である。 沈黙と厳戒態勢 イランメディアが引用した情報筋によると、首相の...

一日一句(5863)

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  子どもらは何処も春野走りけり

一日一句(5862)

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  春雷やあとはしづかな楠のこる

一日一句(5861)

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  春雷や天の奥なる聲ひとつ

往還日誌(398)

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  ■3月3日、雨の雛祭。低気圧のせいか、終日、頭痛があった。 御茶ノ水 で33年続く公開講座『ルカーチの存在論』の会長で盟友のT氏逝く。1月31日逝去、享年74。 個人情報保護法の壁に阻まれて、行政からは、一切、彼の情報を得ることができなかった。高等学校の同窓会に連絡して、事情を話したところ、ようやく、実家とコンタクトを取ることができた。 この間、いろいろなアプローチを試みて、安否が判明するまで、10日ほどかかった。 人間を守るための法のはずが、官僚機構を介すると、人間を疎外する事態に転倒する。 怒りと虚しさを感じた。 ★ アメリカとイスラエルのイラン攻撃に対して、アメリカが、自国のAI企業をどう取り込み、戦争に利用しているか、ということは、現代の戦争を観るときに、避けて通れない観点である。 ライターの岡田麻沙さんが、よくまとまったシャープな 良記事 を配信している。 これを読んで、たいへん勉強になった。 ChatGPTに対抗して開発された Anthropic社の Claudeが、話の基軸になっている。 だが、戦争に利用されるAIは、 Claudeにしても、ChatGPTにしても、Googleにしても、 Palantirテクノロジーズのプラットフォーム上で動いている。 どうやら、AIの戦争利用は、Palantirが一つの鍵になっているようなのである。 岡田さんは、こう述べている。 「Palantirはシリコンバレーの右翼的投資家ピーター・ティールがCIAの投資部門In-Q-Telの200万ドルの出資を受けて2003年に設立した。CEOのアレックス・カープは2025年に『我々は完全に反ウォークな最初の企業だ』と投資家に語っている」。 私の記憶では、ウクライナ紛争で米軍がウクライナ軍に衛星画像の情報を提供するときのインフラは、このPalantirだった。 さらに、岡田さんは、こう述べている。 「2024年1月、Palantir共同創業者のティールとカープがテルアビブでイスラエル国防省と『戦略的パートナーシップ』を締結した。AI戦闘支援プラットフォームを提供し、『敵の標的を分析し、戦闘行動を提案する』システムだ。 +972 Magazine、イスラエルの調査報道メディアLocal Call、英国紙The Guardianの共同調査報道によれば、Palantirの...

一日一句(5860)

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  古雛かろがろとした別れかな

一日一句(5859)

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  ひと死んで艶やかに立つ春の聲

往還日誌(397)

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  ■3月2日、月曜日、斑雲が空を覆い青空が透けて見える曇り。 朝から、六本木の仕事。午後2時半に終了させて、ジムへ。 きょうは、あまり体調が良くなく、20分で切り上げる。有酸素運動と体幹トレーニングは省略。 夜、確定申告の領収書の整理。 歩く瞑想など。 ★ 【ひとの死に方の研究1:ヘーゲルの場合(1770-1831)】 ・ヘーゲルは 1831年11月14日、ベルリンで死去。享年、61。 ・当時の公式記録では、コレラが死因とされている。当時はベルリンでコレラが流行していた。 ・ヘーゲルは、ベルリン大学教授だった。 ・それまで、大きな持病はなかったとされている。 ・記録によれば、数日前から急に体調を崩し、激しい腹痛・嘔吐下痢、腹部痙攣、衰弱などの症状を呈し、短期間で死亡したという。 ・コレラは当時、致死率が非常に高い感染症だった。抗生物質もなく、脱水に対する有効な治療も未発達だったため、発症後数日で死亡することは珍しくなかった。 ・ヨーロッパ全土を覆ったパンデミックの中で、ほとんど準備のないまま急死した。 ・ヘーゲルのような巨大な体系哲学者も、最後は極めて身体的な、しかも排泄の制御を失う疾患で倒れた。 ※彼はこう死んだ。では私は、今日をどう生きるのか?

一日一句(5856)

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  雛の筺あつけなきほど軽きかな